眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

247日目「泣いてもいいんだよ」

昨日は一昨日のゴルフ疲れか、はたまた低気圧のせいか、それともライブ疲れのせいか、夕飯を食べてからどうも調子が悪くて、途中から頭痛に悩まされた。ロキソニンを服用したり、湿布を肩に張っても一向に痛みは収まらず、錦織のテニスの試合も延長により放送時間が深夜にずれ込んだので、試合の視聴は諦めて24時前に電気を消した。明日からまた労働の日々が始まるのかと思うと苦しくなった。まだまだ休日の気分に浸っていたかったが、身体があまりにも疲弊していたせいか、あっという間に眠りこけてしまった。朝は快適、とまでは行かないまでも、比較的早くに寝たのでそこまで疲れは残っておらず、頭痛が殆ど無くなっていたことが嬉しかった。いつものようにすぐに起きてすぐご飯とおかずをお腹に放り投げ、一服する間も無く家を飛び出して電車に乗った。乗客は一様に俯いて、このままこの電車はどうしようもない暗闇へと突き進んでいくのではないか、と下らないことを考えていた。そんなことを考えていないととてもじゃないけれど自分を保っていられなかった。職場に就いて、また一週間が始まるのかと思うと滅入ってしょうがなかったが、土曜日に結婚式で大学の先輩同期後輩に会って久しぶりに話ができると思うとちょっと心が安らいで、なんとか5日間やっていこうと思えた。

 

 

高校生の頃、友達がいなくて勉強もへたくそで、そんな何もない自分が嫌で毎日のように泣いていた。部活に入っていなかったので授業が終わったらクラスメイトとだべるわけでもなくそそくさと帰り、家に帰って布団の上に横渡り、音楽を聴いて、自分の現状を思って声を押し殺して泣いた。泣いたところで何も変わらないことは分かっていたけれど、泣くことで自分の中にある不安が少しだけ外に溶け出して心が軽くなる気がしたので、泣けるときはこまめに泣いていた。大学生に上がり、それでも辛いことはたくさんあったので、高校生の時と同じように布団に横たわって音楽に浸りながら泣いていた。まるで悲劇のヒーローであるかのように、その世界に浸っていた。社会人になると泣くことは減って、というより殆ど泣かなくなった。泣くよりも寝るほうを選んだ。泣いても何も変わらないし、あまり泣きすぎると次の日のメンタルに影響してくるから、年に二、三回ぐらいしか泣かなくなった。社会人になって上京して、周りに知り合いが居なくなると前から話さなかった私はより口を噤むようになり、自分が社会に存在していることがよく分からなくなった。私が明日いなくなっても、誰も気づかないだろうな、と勝手に暗いことを考えて悦に浸っていた。泣くことは無くなったけど、自分を被害者に仕立て上げることは相変わらず上手かった。今は仕事で疲れることが多くなって、そんなしょうもない遊びをしなくなったけれど、現状が特に変わったわけでもない。変えようとは思うけれど、「メンドーだな」という気持ちがあまりにも強固で、私は未だに口下手な私のままでいる。別にそんな自分のままでも生きるのが少々しんどいだけで、なんとか生きていけるんだけどね。本当は世渡り上手な人間になって、誰かを笑顔にしたいんだけれどね。

 

 

昨日からもたれついた錦織の三回戦、なんとか、なんとか勝ちました!いやあ、ここまで毎回死闘を見せられると、観ているこっちの寿命も縮まるし、観ててしんどい。でも勝ってくれた!明日も観れると思うと、仕事もなんとかやっていこうと思えるよ。まあ、大した仕事はしていないんですけどね。どうか明日も、平和な一日になりますように。