眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

245日目「営業と喫茶店」

昨日もテニスの試合を観ていて、ちょっとばかしの夜更かしをしてしまった。一昨日に比べたら寝る時間が早かったので大丈夫だろう、と思っていたら一昨日と同じくらいの眠気だったので、私の頭は0時前に寝ないと完全な休息を取ることが出来なさそうです。今日は大阪の二回戦なので、早く眠れることを祈ってます。

 

 

営業という仕事柄、客先訪問と客先訪問の間はどうしても空白の時間が生まれやすい。そういうときに、喫茶店で時間を潰すことを提案してくれる人が教育係でよかった。このような空白の時間が生まれるとき、人によってはパソコンでカタカタやる人や、少しでも社内に戻れるのなら、と会社に戻る人もいたので、自分の時間を確保できる喫茶店という選択肢を進めてくれる人でよかった。大抵は1時間ばかしの時間を喫茶店で過ごすのだが、そのときにコーヒーを飲みながらまったりとしている時間が私には必要なんだよな、と喫茶店に行くたんびに痛感する。社内にずーっといて精神が草臥れた日なんか、「今日は喫茶店でまったりしたかった」と思うことがある。こんな暇潰しをしているから、他の職種の人に「営業は暇な稼業だな」と揶揄されることもあるが、勿論営業にだって忙しい時はありますよ。ただ、それが恒常的に続くわけではないのが営業のいいところなんです。Twitterなんか見てると「今日も午前様。南無南無」と呟いている人がいるけれど、そんなに遅くまで働いて人生が勿体無くないのかな、と思う。その人はその人で必死なのだろうけれど、朝早くから夜遅くまで自分をすり減らして働くなんて平成に置いておくべきワークスタイルで、新しい時代になったんだからもう少し働く時間を減らして各々の人生を豊かに出来るようになればいいのにな、と思う。そうは言っても仕事が沢山あってそんなことは出来ない、という人がいることも知っている。私は今の会社の営業で、まあまあの頻度で暇を持て余すような働き方で良かったと思っているよ。たまに将来が不安になる時もあるけれど。ただ、どんな風に生きたとしても、心配性の私は未来に対してのっぴきならない恐怖を覚えるだろうから、それなら今が気楽な時間であればあるほどいいなと思う。今日だってそのことを強く願う。

 

 

今日は車の運転で疲れた。4月の運転を再開し始めた頃に比べるとだいぶ運転は様になってきたようだけれど、2時間以上も運転をしているのはしんどい。一人で運転して好きな音楽を鳴らしているならまだしも、先輩と二人きりの車内はどうしても息苦しくなる。その人はとても気が利く人で、車内に静寂が訪れると話題を頻りに提供してくれるのでありがたいが、2時間も話すようなことはないので、途中で息苦しくなる。そして、どれほど慣れたといってもまだまだへたっぴな運転なので、いつどこでだれがこの車に飛び込んでくるか?という不安を抱えながら運転しているのはこの上なくシンドイ。早く自動運転というものが日常になり、車に乗っているだけで目的地に着くような未来が早く来て欲しい。車を運転するのはちょこっと楽しいけれど、精神的にも身体的にもだいぶ疲れるのだ。