眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

242日目「夢のない話ばかり溢れてくる」

朝。湿布を貼って安心しきっていた肩は妙に張っていて、どうにもこうにも我慢ならない痛みを湛えていた。依然食欲はなく、この体で働けるものなのだろうかと疑問を覚えた。昨日の夜は突っ伏して眠りこけたおかげで眠気はそこまでなかったけれど、体と心の倦怠感はなかなかのものであった。職場に着き、依然衰えぬ肩の凝りは、行き過ぎて痛みに変わっていた。目の前に広がるのは先週と同じ風景。何も変わらずに私の前に居座ったままで。これをどうしろと言うのか。どうしてこんなことをしているんだ。とめどなく溢れ出す不安、どうやってそれに蓋をするのかを忘れちまった。昼になって少しはマシになった倦怠感は、それでも普段よりは目立っていて、もう全快のときでさえやる気なんて起こらないのにこれじゃただ時間が経つのを待っているバケモノではないか。

 

 

だらだらだらだら、と溶けていくかのように思考は鈍く動く。ぬめりから抜け出せなくなった蜥蜴のようにどこか寂しくて、でも諦めきれなくて暖かい場所を探しているよ。今日も性懲りも無く自分の場所を探して、見つからなくて、苦しくなって、でもそれでも前へ前へ進んでいくしかないんだろ。分かってる。分かっているけれど、少しぐらいは休ませてくれないか?

 

 

amazarashiがツアーを回っているということで、久しぶりに彼の曲を聴いている。相変わらず距離が近くてどきどきしてくる。切迫した歌詞と歌声、聴いてるうちに苦しくなって、でもどこかでは楽になっている。一度くらいは彼のライブを拝見したいものだ。去年末にフェスでちらっと見たときはその凄まじさにはっとなって棒立ちになったのを覚えている。ワンマンだとあの時間が3倍以上もあるんだろうな、ライブが終わった後の虚脱感が凄そうだな、と馬鹿な感想を抱いてみる。今の私にはまだ早いかもな。

 

 

今日も定時に会社を出て、家でのんびりとしていた。音楽を流し、テキトーにスマホでネットの海を泳いでいるのは快適なものだ。そうだ、オリンピックのチケットの申し込みが明日までだったので慌てて応募した。何見よっかなー、と散々迷って

 

開会式
陸上競技
バスケットボール
レスリン
水泳(競泳)
体操(体操競技
閉会式

 

を応募した。当たるといいなー、でも行けるかどうかわかんないなー。来年の夏か、自分がどうなっているのか想像がつかないや。どうか明るい未来の中で生きてますように。

 

 

眠たい中をなんとか我慢して小説を読んでいたら気分がだいぶ良くなった。明日もなんとかやっていけそう。