眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

明日から自由

ほんとは大丈夫なはずじゃないのに、大丈夫なふりをしている。ずっと前にもう限界だったはずなのに、どうしてか今日まで何事もないふりをし続けてなんとかやってこれた。でももう無理。自分が思っている以上に、自分にかかっていた負荷は大変重たいもので、私はもう一度起き上がることはできないのかもしれない。そう思うと、「もういっかー」という気分になって、少しだけれど楽になれる。もう、いいのだ。たくさん悩んだしたくさん迷ったしたくさん傷ついてきたけれど、もうそれはいいのだ。やることは全部やれなかったけれど、たぶんここでやめてしまったら後悔するだろうけれど、もういいのだ。

 

 

街を歩いているとたくさんの人がいて、私の気分が落ち込んでいるせいか、ほとんどの人が私よりも幸せそうに見える。幸せだとかそういうものは他人と比較してもろくなことにならないってのは分かっているけれど、心が弱っている時は勝手にそんなことを考え始めて勝手に落ち込むのだ。そんなに自分を追い込まなくても、と思っても自分は自分に厳しくするのが好きらしく、次から次へと自分が他人と比較して劣っているところを見つけ出しては声高に主張してくる。もういいって、分かったって。そう思っても、いつまで経っても心の声は止まない。

 

 

疲れすぎてしまった心と体はどうしたら休まるのかな。家でじっとしててもどうにもならないし、外に出たら出たで人と比較してしまうから苦しいし、どうしたらいいんだよ。もう疲れちゃったな。誰かに弱音を吐ければいいんだけど、そんなことを言えるような人間じゃないし、そもそも弱音を吐けるような人がいないんだよ。読書をしてずっと自分の心を直視しないようにしてきたけれどさ、もう無理。

 

 

27年とちょっと生きたんだから、上出来じゃないか。誰になんと言われようと、自分はうまくやってきたということにする。明日からどういう風に生きていくかなんてまだ考えたくない。いつも通り、満員電車の中で自分の心がぎゅいんと押し潰され、会社に行って上司に詰られて貰えるようなお金なら、そんなものは要らない。我慢してお金を得るだなんて、そんなの嫌だ。甘ったれたことを言っているのかもしれないけれど、私には我慢ならないことを我慢してまでそこで生きることは死ぬことと同義なので、潔くスパッと、諦めることにします。別にそうすることが間違っているとかそういう次元の話とかではない。私は私を充分に生かせられるような環境に置く義務があるから。いつまでも人権を侵害されるような場所に自分を置いておくことは、異常だから。そんな風な状況に置かれていることに対して、職場の人間が誰も何も言わないってこと、本当に頭おかしくなるぐらいに馬鹿だなーって思ったわけでした。