眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

144日目「どの道選んでも正解」

病んでしまうぐらいなら、会社なんて休んでしまえばいい。自分の人生を捧げられるほど、私は会社に対して愛情はない。

 

 

先輩から飲みに誘ってもらい、仕事のことを訥々と教えてもらった。その全てに頷けるわけではないけれど、ズイショズイショで「そういう見方もあるんだな」と思えることもあった。だてに何十年も会社で働いていないわけだ。

 

 

色々と話を聞いていて、「もっと人に対して興味を持たないといけないな」と思った。私は、あまりにも他人に興味がなさすぎる。それは営業にとっては致命的な欠陥である。どれだけ目の前の人からその人のことを引き出せるか、どれだけ自分のことを目の前の人に打ち明けられるか。お互いが腹を見せ合うことで見える景色があるし、そういう関係性の中で発生する仕事がある。人とのつながりを大切にしないと今後の成長はないだろうし、今すぐに人に興味をもつ努力をしなければいけないと痛感した。何もしないと他人に対して興味を持てない私みたいな人間は、努力をして他人に興味を持てるようにしなければならない。

 

 

居酒屋という場所は苦手だ。ワイワイガヤガヤしている場所で声の小さな先輩の話を聞くのは至極困難で、ライブで耳をやってしまっている私にはハードモードのゲームである。どんなに集中して耳を傾けても、外の声がふと入ってしまうと集中力が途切れてしまって、何を話していたのかが分からなくなってしまう。どんなに真剣な話をされていても、騒音が強くなってしまったときに私の集中力は途切れてしまって、曖昧な表情で相槌を打つしかない。それはとても負荷のかかることで、できれば落ち着いた静かな場所で先輩と朝まで語り合いたい。

 

 

今日も仕事はよく分からなくて、よく分からないということを認識することも大切なのではないか、と思うことにした。そうしないと、分からな過ぎて辛い自分をとてもじゃないけど支えることができない。仕事を振ってきた先輩ですらお手上げの案件に、わたしはどうやって振る舞えばいいのか。営業になっていろいろと経験したけれど、営業という仕事にマニュアルがないことは身をもって分かった。人それぞれに仕事のやり方があり、そのスタイルが確立していないとなかなかに仕事をしているとストレスを感じてしまう。早く仕事ができるようになりたい、とは思うけれど、なかなか難しいんだよな。いろんな先輩から仕事のやり方を教わるけれど、その手法は三者三様で、どれが正しいのか分からない。おそらくどれもが正しいし、どれもが間違っている。大枠さえあっていれば、細かいところがどーだこーだとやらなくてもいいんじゃないかと思えてきた。しかし、上司が細かいところをつんつん叩いてくるものだから、対上司用のための資料を作らなければならなくて、それがめんどいな、でもそういうめんどいのを乗り越えていくのが仕事というのかもしれない、と思う今日この頃でした。

 

 

与えられた仕事をこなすだけなのは仕事ではない。自分で問題提起をして、それをうまいことこなすのが仕事である、と誰かが言った。いつになったらそんな風に仕事をすすめられるのでしょうかね。ここで愚痴を垂れ流しているばかりでは、現状は何も変わらないことは知っている。でもそれを止めることは出来ない。

 

 

忘年会は止まらない。