眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

何処にも行けないのに、何処にも行けないから

急に消えたくなった。

 

いや、ずっと前から消えたいと思う気持ちは持ち合わせていた。それがぐんとおおきくなってしまい、否が応にも意識せざるをえなくなっただけだ。親と長々と話してしまい、心の奥底に沈めていた本音を余すところなく零してしまったから、全身がひりひりとして痛い。どうして、こんなに生きることが嫌になっているのか、それの原因が分かっているから、余計にタチがわるい。こじらせすぎてしまった風邪のように、それまるで日常のようになってしまっているけれど、そうじゃない。こういう風に思うのは異常なことなんだって。

 

未来は明るいと信じていたのはいつまでだっただろう。いつしか明日は真っ黒に塗り潰されていて、どっちが前なのかさえ分からなくなった。自分が進んでいる方向は前なのか後ろなのか。分からなかったことがどうでもよくなって、考えることすらもやめてしまった。

 

生きるということは死ぬことに一歩、一歩近づくということ。生きることは緩やかな自殺であり、誰も死から逃れることはできない。そういったことはどうだっていい。今は、自分を卑下してしまっている自分が嫌なのだ。どうせ、こんなことできないだろ、と諦めてしまい、自分の可能性を自ら閉ざしてしまっている自分が嫌いだ。

 

身近に話す相手はいないから、誰も救ってくれないくせに、自分で自分を袋小路に追い込んでいる。それをやめることができない。それをし続けていないと、不安で不安でしょうがない。どうしたらいいのか。このブログで何度も何度も吐き出し続けてきたこの言葉に正解はない。それは自分で見つけるもの。それは自分でそれらしいものを見つけるもの。嫌なことから逃げ出す勇気が欲しい。

 

中途半端に恵まれているから、会社を辞めるのがもったいない。親からも「今勤めているところは恵まれているんだから、辞めるのはもったいないよ」と何度も言われ続けてきた。確かに恵まれているのかもしれない。でも、人生において妥協してはいけないことはあって、それは人それぞれ違うだろう。私は私の事が嫌いになるような環境に身を置き続けるということが本当に嫌なんだ。でも働いていたら大なり小なりストレスを抱えるもので、それは周りの大人を見ていたら分かる。けれど、でもさ、なんでみんなそんなに自分をすり減らしても仕事を続けられるの。そもそも、持ち合わせている体力が歴然と異なっているのか。それとも、仕事での嫌なことをさっぱりと忘れられるような趣味を持ち合わせているの。たぶん、世の中の大人は必死に歯を食いしばって働いているんだと思う。そうではない大人もいるかもしれない。私は歯を食いしばらないような、悠々自適に自分の人生を設計できるような大人になりたかったなれなかった。なりれるのかな幻想かな。どうしたらいいんだろう。今、ここで答えを出さなくちゃまた明日も今までと同じような日々を過ごしてしまって、前へ進めない。理想が高いのか。

 

この苦しみから逃れる一番手っ取り早い方法は、この世界からオサラバしてしまうことだ。心が弱い私は、嫌なことがあると癖のようにそれを考えて心を落ち着けてきた。何度も何度もそれを近くで感じることで、生きることを選び続けてきた。でも、あまり死を身近に考えないほうがよかったのかもしれない。普段から死ぬことを考えてしまうと、死に対して抵抗がなくなってしまい、それを選択するのもアリなのかもな、と簡単に思ってしまう。今私が生きているのは、私をなんとか生に縛り付けているのは、親がいるからである。親よりも先に逝ってしまって悲しませるのはだめだ、と麻痺しきった頭でもなんとか考えられる。それはだめだ、それだけは阻止しなければいけない、と思っている。でも、もし親がいなくて、親戚もそこまで仲が良くなかったとしたら、もしかしたら選んでいた可能性はある。仲のいい友人というものが私には現時点で存在していないから(いや私は少しは仲がいいんじゃないかと思っている人が地元に入るんですけれど、その人たちが私の事をどう思っているのかは分からない)、私がいなくなったところで悲しむ人はいないだろう。そうであるなら、もうそこまで追い詰められてしまったら、たぶん死なずに逃げるという選択肢を選べないかもしれない。自ら死を選ぶことは悲しいものなのかもしれないけれど、それは一種の救いかもしれないとも思っている。

 

少しだけでも吐き出したら、ちょこっとだけ楽になった気がした。そこそこ日を過ごしているのに成長していない、という現実が自分を圧迫していたんだろう。今日はもう寝てしまおう。こんな暗いことをずっと考えていると、何も楽しめなくなってしまう。気力が根こそぎ抜き取られてしまう。たぶん、しょうもない残業がこのような考えをしてしまうことの助長をしていることも分かっているけれど、私の力でどうこうなるものではない。先輩がうまく采配してくれなければ変わらないし、それは改善されていかない、と思っている。

 

もう暗いことを考えることをやめよう。ミスチルを聴く。辛いときはいつだってミスチルが救ってくれたじゃないか。特に、「1996-2000」の頃のミスチルが狂おしいほどに私を安らげてくれる。あああ、ずっと聴いてたい。ミスチルを聴きながらそっと目を閉じて、そのまま眠っていたいな。