眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

120日目「仕事の飲み会のたびに、自分の心の大切な何かを削り取られている」

今日は会社で飲み会があった。飲み会なんて10年に1回ぐらいでちょうどいい。そんなに飲みたいのであれば、仲良しこよしで楽しく飲めばいい。わざわざ上司のために遣いたくもない気配りをして、愛想笑いで後で泣いて、何が楽しいんだろうか。

 

上司がまだ理解のある人ならいい。「そこまで気の合うわけでもない人と2時間強も飲むことは苦痛であること」を理解してくれている人なら少しは救われる。しかし、そんな部下の憂いなど気にする素振りも見せず、自分の価値観を押し付けたり(モラハラ)、飲みたくもない度数の強いお酒を飲ませられたり(アルハラ)、お腹いっぱいだというのに「お前は育ち盛りだからどんどん食え」と自分でたくさん頼んでおきながら、残飯処理を押し付けたり(メシハラ)。様々なハラスメントが蠢く飲み会でどうやって楽しめばいいんだろう。

 

楽しもうとするから苦しくなるのだ。これは仕事。あくまで仕事。給料は一切出ることはない、サービスという言葉で包まれた残業なのだ。

 

今日は一次会でそっと抜け出したので、それがまだ救いだった。群れから離れ、烏合の衆にさっと紛れこみ「よし、家に着いたら好きなことをたくさんして自分を慰めよう」と考えた時に胸にふっとよぎるあたたかい気持ち。この一時の幸せを感じるために、私は会社の飲み会に行かなければいけないのか。できれば行きたくない。行きたい人たちだけで勝手に盛り上がってくれればいい。もう、私を巻き込まないでほしい。しかし、上司はそんな私の態度を不快に思っていることだろう。「せっかく飲み会を開いているんだから、俺の言っていることで笑え。楽しめ。つまらなそうな素振りを見せるな」なんて思っているんだろう。滲み出ているんだよ。日頃からうまくコミュニケーションが取れていないのに、アルコールをぶちこんで、ハラスメントな行動をぶちまけて、恰もコミュニケーションが取れている、と自分で思い込むな。

 

新しきものよ、たくましく生きていってほしい。私はもう疲れてしまった。

 

6,491歩