眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

119日目「そして今日も明け暮れる」

今日は仕事なんてしなくてよかったのに、先輩にせっつかれたからそこそこやった。これは仕事ではない。作業である。頭を使わなくてもできるものはただの作業に過ぎない。下手に自分の色を出そうとすると「そういうことではないんだよなあ」と削られてしまうのがオチなので、新人は大人しく、先輩から指示を受けたことを一字一句違わずにやればいいんです。個性なんて求められていないんです。そんなんだから、平日は死んだ魚のような眼をした魚のような生き方をしてるんじゃないんですか?この環境に居続けること、それを私は選んでいる。退職しないということは、ひっくり返せばこの環境を選んでいるということになる。ここで働いている人生に責任を持つことになる。そんなのいやだよー。ずーっと責任回避してきた人生だし、これからもできれば面倒なことは他人に押し付けたいと思っているふてえ人間なので、今のこの状況は看過していてはいけないんです。行動に移さなくちゃいけないんです。趣味に現を抜かしている場合じゃないんです。でもね、この状況を受け入れてなんとかやっていっているのも事実なわけで、正解なんて分からない。どうしたらいいのかも分からない。「今日が平穏無事に過ぎたらいいな」を繰り返している。そんな日々に成長、刺激という言葉は関係してこないから、そりゃつまらないでしょうね。自分で選んだことに、責任を持つってえのが大人なんでしょうが、私はまだまだ大人になりきれません。日本酒のよさなんてさっぱり分かりません。生ビールをごくごく飲んで「おいしーい」と馬鹿みたいににやにやしている、お子ちゃまなのです。

 

 

妄想は現実からうんと離れていればいるほど楽しい。例えば「もし自分が年収云十億円の資産家だったら......」とか「万能の力を持っている超人であったなら」という現実味のないことをえんえんと妄想している時間は何も生産しないが、そのぶん幸せな時間である。もしこういう人間だったらこういう振る舞いをして、こういう風に人に思われて、こんな感じに生きていくんだろうな、という机上の空論をただただだらだらぼーっとしてるのってすごく気持ちいい。でも、それにどっぷりと浸かっていると現実との差異に嫌気が差してしまうので、ほどほどにしておく。社会人になってからは、殆ど妄想をしなくなった。現実が嫌というほど近い場所で蠢いているからだ。ほぼほぼ、現実を直視していなければならないのはきつい。そんなぎりぎりの場所で生きているときに、よそ事を考えている余裕はない。なので、今日の仕事が終わったあとにちょこっとだけ「もしも......」を考えたってことは、少しは現実が軽くなったってことだろうな。ただ、私はスタート地点から全然進んでいないので、それを考えると気が滅入ってくる。ので、今はももクロの踊る姿を体中にしみこませて、全力で現実を振り払うんだ。

 

4,874歩

 

f:id:bigpopmonsterpro:20181109190348j:image