眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

眠たげな猫の傍で、今日も私は欠伸をする

本記事がこのブログにおける1,000記事めのブログになる。このブログを始めたのが今から二年前、2016年8月26日で。まさかここまでこのブログが続くとは思っていなかった。「有意義なことを発信したい」と思って始めたブログだが、気づいたら日記をつらつらと書いていることが多く、「これ、読んでて面白いのかな」というのが今の率直な感想だ。私が過去を振り返る際には便利なものであるが、私の事を知らない赤の他人が読んでて、果たして面白いのか......。一日に少しはアクセスして頂けているので、読んでいる人がこの世界には存在しているんだろう。誰かの役に立っていればいいなとは思う。

 

 

 

このブログを始めた当初は仕事で悩んでいて、それは今でも同じだ。しかし、悩み方の方向性が変わってきている。二年前は「仕事なんて辞めてしまいたい」という、仕事という存在を真っ向から否定するものであった。それが今では「どのようにしたら今の職場で成長していけるか。どうしたら仕事ができるようになるのか」という前向きで、生産的な悩みに変わった。今だに職場に対する悩みは尽きないし、転職を考えているが、今のところは営業でやっていく、という方向性で固まりつつある。どうせ営業に配属されたんだから、営業という仕事の本質を体感しないままに辞めてしまうのは勿体ないかな、という気持ちを持っている。正直なところ、勤めている会社がそこそこ大きく安定しているので、転職してしまうのがもったいないという現金な理由もあるのだけれど。

 

 

 

この二年でたくさんの事を経験した。特に、音楽における経験が社会人になって衰える、どころかより量も質も増してきていることがとてもうれしい。学生まで名古屋にいて、好きなバンドがライブを行えばこまめに参加していた。しかし、学生は使えるお金が少ないもので、行きたくてもお金の都合が合わず、泣く泣く諦めたライブもあった。社会人になりお金に余裕が出てきて、いつもどこかでだれかがライブを行っているという、天国のような環境でライブにたくさん行っている。平日は仕事の都合上、行くことを諦めるライブがあるが、土日祝は必ず休めるので、そこで好きなバンドのライブに行っている。とにかくライブハウスの量が多くてびっくりした。名古屋だったら有名どころでは「Zepp Nagoya」か「ダイアモンドホール」ぐらいしかライブハウスがなかったが、東京には渋谷、下北沢、新宿などでたくさんのライブハウスがあり、それぞれに魅力があるので、ライブハウスに行くこと自体も楽しい。いくつかお気に入りはあるが、特に好きなのが新代田にある「新代田FEVER」というライブハウス。キャパシティが300人という絶妙な大きさのライブハウスで、音質がものすごくいいところが気に入っている。この大きさのライブハウスでは音響が酷いところが多いが、「新代田FEVER」は素人目でも音響がすごくいいことがわかる。その素晴らしい音響で聴くライブは格別だ。そこで私は毎回シャンディーガフを頼むが、それはまあどうでもいい。とにかく、好きなバンドがここでライブをやる、という情報を聴いただけでじんわりと幸せな気持ちが体に染みてくるほど、好きなライブハウスである。

 

 

 

とまあ、音楽のいい面ばかりを書いたが、ライブがたくさん行われていて、頻繁にライブに行っていると困ることがある。お金がかかってしょうがないのだ。2016年は66本、2017年は43本、そして2018年は50本をそろそろ越えようとしている。一回のライブでライブチケット、ドリンク代、交通費合わせて5,000円を越えるので、計算すると......やめておく。あとは毎月借りているCDの枚数や購入しているDVDなどを合わせると、月に少なからぬお金を音楽に費やしている。そのおかげで社会人4年目の半分を過ぎたのに、お金がなかなか貯まらず、悶々とした日々を過ごしている。しかしだ。もし仮に、結婚してしまう時が来てしまい(今の状況では到底考えられない想定、というより妄想だが)、月のお小遣いが5,000円になってしまったら。そしてそして、土日は家事や育児で一日が終わってしまうとしたら。もしそのような未来が待ち受けているのだとしたら、今使えるだけのお金を使って音楽を存分に享受しているこのスタイルは間違っていない、むしろ最適解なのではないかとすら思えてくるから不思議だ。とはいえ、お金を使いすぎていることには変わりないので、来年からは本当に行きたいバンドのライブだけに絞り、年30本にしたい。CD代のほうは、現在Apple Musicを導入しており、月に980円でおさめていく。音楽雑誌は年に2,3冊買うぐらいです。来年は今までよりお金を使わず、より濃厚な音楽生活送っていく所存だ。

 

 

 

音楽のほかに、私の趣味と言えるものは読書ぐらいしかない。それも最近では読書、というよりも「本の購入」が趣味か、と思えるぐらいに狂ったように本を買っている。そして買った本をEvernoteに記録して「今月はこんなに買ったのか。はあ、本に囲まれる生活は幸せだ」と暢気なことを思って、買った本を読まない。本を読まないで何をしているかというと、音楽を聴いているかアニメを見ているか、韓国ドラマを見ているか。そのどれもにたくさんの時間を費やしてしまって、読書にかけられる時間が殆どなくなってきているのが現状だ。本も読まないで本を買い続けるとは何事だ!と誰かに怒られてしまいたい。自分でもこの状況はだめだっていう自覚はある。でも、見たいアニメ、ドラマ、聴きたい音楽が多い。そして最近では少なからぬ残業をしてしまっていて、体力がなくなっている状況では本を読むという作業がなかなかできない。この状況を打破するためには、「本の購入量を減らす」か「読書にかける時間を増やす」か「仕事を辞めて、本を読む旅に出るか」を選ばないといけないが、一番現実的で誰も傷つかないのは「読書にかける時間を増やす」ことだろう。なので、アニメとドラマを視聴数を断捨離し、「のほほんとする」時間を極限までに減らし、「無意味に新宿をうろうろする」時間をなくしていこうと思う。来年は「読んでよかった。もっと早くから読んでおけばよかった」と思えるような本をたくさん読めるような人生を送りたいと、そう思う。

 

 

 

話は変わるが、今回の記事ではこのブログの総括と申しますか、どういったことをこのブログで書いてきたのか、ということを分析し、今後はどのような記事を提供していけるのか、ということを書いてみたいな、と記事を書く前に考えていた。しかし、いつものスタイル*1で書き始めてしまったばっかりに、いつもと変わらな、。とっ散らかった記事になってしまった。このようなスタイルで文章を書くのはあまりいいとは思っていなくて、記事を書き上げて公開するときはいつも後悔ばかりしてきた人生だった。

 

さいころから剽軽者だと思われがちで、そのような性格を演じきっていましたが、所詮は道化師。ばれる人にはばれてしまい、いくつの信用を失ってきたことでしょうか。剽軽を演じているときにいつも感じる「私はこんなところで馬鹿を繰り返す人間ではない」という思いは、いつしか私を追い込んでしまっていたのです。

 

と下らないことを書いてその場を濁して、生きていきたくないと何度も何度も思っていたのに。私には「真面目」というのが本当に苦手で、プライベートではいつもくだらないことをしてのほほんと暮らしている。しかし、一歩でも会社に踏み入れると「真面目人間」を演じなければならず、それがとてもとても苦痛だ。変わった先輩がいて、へんてこりんな振る舞いを見てしまった時も絶妙な突っ込みをしたいが、それをしてしまうと今まで築いてきた私の評価が崩れてしまいそうで、ただただ「そうなんですね」と絶望的につまらない返しをしてしまう。私がこの会社で築きあげた評価なんて所詮は砂上の楼閣であり、そんなものを必死に守る必要なんてないと分かってはいるけれど。常に自分を更新していく、「今あなたの目の前に存在している〇〇は〇〇のほんのいちぶぶんでしかない。〇〇にはあなたが想像もしないようなあらゆる性質を兼ね備えているんんだ」と人に思ってもらえるような人間でありたい。

 

 

 

くだらないことをつらつらと書いてきましたが、それが私の本質だとは思っておりません。それは私を形作るいちぶぶんでしかなく、もっとたくさんの私がいると思っている。それらを探すために、いつもは意識していない本音がぽろりと零れ落ちてしまうこの「眠たげな猫の傍で」という場所を、これからも活用していきたいと思う。これからもどうぞ、よろしくお願いします。

*1:思いついたことをがしがし打ち込むスタイル