眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

自分の限界を知らせてくれるアラームがあればいいのにね

人見知りで内気な私は自分勝手に我慢して辛くなる。子供のころはそれが特にひどくて、しんどくて「明日目覚めたら活発な人間に生まれ変わってないかな」と寝る前に祈っていた。大学生になってもあまり変わらず、部活以外の人と接する機会が殆どなかった。

 

結果、社会人になってから相当苦労してきた。ただでさえ新人で仕事の知識や進め方がちんぷんかんぷんなのに、それを先輩に聞くという行為が非常に心身を摩耗するものであった。けれど、今まで接してきた先輩は優しい人が多く、私が仕事の事で考えあぐねているのを見かけあちらから声をかけてくれることが多かった。そして、私が仕事のことを分からないということに対しても寛容で、「分かってて当然。分からないのはお前がセンスないからだろ」なんて雰囲気を醸し出してくるような人はいなかった。

 

今年の4月、経理から営業に配属されて、私をとりまく環境は一変した。一方的に仕事の事を教えてくれる先輩がいて、それは嬉しいのだが教え方が雑なのと、「一回説明したからもう分かったよね?」という無言の圧力で、一回聞いただけでは理解できなかったことを聞き返すことができなかった。そんなすれ違いを積み重ねていくうちに、あっちは私の事を「仕事の事をそこそこ把握してきているんだろう」と思っているかもしれないが、私のほうはちんぷんかんぷんなことが多くて、「これ前に教えたでしょ!なんでできないの?」と叱責される回数が増えていった。私はそれを経験するたんびに「自分は何でこんなにも仕事ができないんだろう。頭が悪いから、人を気遣えないからこんなところで足踏みしてるのか」と悩んだ。職場には腹を割って話せる人は一人もいなくて、日々仕事の悩みで自分の心身を摩耗させていった。ある日、先輩に任された仕事が遅々として進まず、それの締め切りが迫っていたせいで、ただでさえいらいらしがちな先輩が「なんでこんなに遅いんだよ!ちゃんと教えただろ」と詰め寄ってきた。その瞬間、私は「もうだめだ。今ここで逃げないと自分は終わってしまう」と感じ、気分が悪いふりをして保健室に逃げ込んだ。

 

それから1カ月休職して、再び職場に戻ると、今まで私に一番教えてくれた先輩は一言も私に対して話しかけず、私は放置されることになった。もともと教育担当として私の課に配属された先輩は、私が休職する前にほかの先輩に詰られているときも知らぬ存ぜずを貫き通していて、にやにやしながら「君があの人の防波堤になってくれて助かるよ」と言っていたことを思い出して腹が立った。あんたが私にきちんと仕事の事を教えてくれていればこんなことにならなかったんじゃないの、と他人に八つ当たりしたい気分だった。いや、これは多分八つ当たりではなくて、教育担当が新人の教育をさぼっていたがために起きた悲劇だったんじゃなかろうか。私はこれを悲劇で終わらせたくなかったから、復職して1カ月が経って、放置されている状況が変わらなくてもめげずに出社していた。一日何もすることが無かった日は「今日は会社に来る必要はなかったんじゃないか」と苦悶したが、給料はきちんと払われるのでなんとか溜飲を下げた。しかし、どれだけ日数を重ねても先輩は私に仕事を教えようとせず、日々LINEとにらめっこしていた。これでは私は何も成長しないままに二年目になってしまい、先輩からは「あいつ二年目なのにこんなことも分からないのか。仕事ができない奴だな」とレッテルを張られてしまう。現に、配属されて半年がそろそろ経とうとしているに、同期に比べて仕事が全然できていない気がする。一体どうしたらいいんだろう。このまま放置され続けるんだったら、もういっそ転職してしまったほうが自分のためになるんじゃないって思いつめた。

 

とある日、あまりにも暇すぎる私を見かねた教育担当がある仕事を任せたきた。それの不運なことは、私が教育担当の言っていることを勘違いして、自分一人で動いてしまったことだ。一週間後、そいつはものすごい剣幕で私を叱ろうとする態勢に入った。確かに私が悪かったのかもしれない。都度都度そいつに仕事の進捗を報告して、報告の時に両者の認識の違いを把握しておくべきだったのかもしれない。ただ、私はそいつのことがとても苦手で、うまく話すことができなかった。ほんのささいなことでも、例えば「さっき教えてくれた〇〇って××のことですよね?」といったことでさえも勇気が要った。そんな風に苦手意識を持ってしまうのは、おそらくそいつが人をあからさまに見下しているその態度に嫌悪を感じ、もしそいつとコミュニケーションを取ったら不快になってしまう、と自分で無意識的に感じていたからなのかもしれない。嫌なことがあるとすぐに口から不満を漏らすような人間だ。最近で一番耳を疑った言動は、社内で他の社員が働いている中で「この会社に第一志望で来てる人なんているんですかね笑」といった内容のことをそこそこのボリュームで話していたことだ。そんな人間に対して、心を開くことなんてできなかった。しかしそこは社会人、そんな自分の感情を排してでも必死にしがついていかなくちゃいけなかったのかな。叱られることでいよいよ私の会社の辞めたさがピークに達し、月曜日には辞表届を出すんだろうな、自分はよく頑張ったよ、なんて客観的に自分のことを眺めていたら、隣の課の上司がそいつの叱りに待ったをかけた。そこで私はとても救われた。その上司はなぜ私が放置されているのかと言い、そいつの怒りの言い分も認めたが私にも非はない、これは不運なことだったと言ってくれた。そこから、社会人として働くうえで最低限気をつけなくちゃいけないことを、ゆっくりしっかりと話してくれた。私はその人の一言一言をきちんと心の中に刻み込んで、そいつの攻撃から私を守ってくれたことに感謝するとともに、私が放置されて苦しい状況に追い込まれていることを知っている人がいたことにとても救われた。ああ、これなら月曜日に会社を辞めてもそこまで遺恨はなさそうだな、とすっきりした気持ちで定時で帰った。電車で家路を急ぐ途中、私の心はぎりぎりだったようで、クリープハイプの曲を聴いていたらふいに涙がこぼれてきて焦った。家に帰って、私を助けてくれた上司にお礼と、でも会社を辞めたくて悩んでいるという内容のメールを送った。こんな内容にメールを直属の上司じゃないのに送ってよかったのだろうか、迷惑に思わないだろうかと悶々としたが、返信はすぐにやってきた。メールでは伝えきれないから、これから少しずつ伝えていくね、という暖かいメールだった。この人が私の上司だったらよかったのに、と思いながら安心した気持ちで眠りについた。

 

それから土日は殆ど仕事の事を考えることなく過ごせた。不意に月曜日のことが頭をよぎっても「まあ、なんとかなるでしょ」と楽天的な気持ちになれた。これも上司のおかげだ本当に頭が下がらない。これから私がどうなっていくのかは分からないが、今までのような放置されっぱなしの状態のまま、ということにはならないような気がしている。まあ、もし今の状況が改善されないなら会社を辞めるまでだ。無理して今の会社にしがみつく必要なんてない。自分を追い込んでまで働く必要もない。なんなら一か月ぐらい休んで、ゆっくりろするのもいいんじゃないかと思う。そんなことを考えられるほどに、今の私はゆったりとした気持ちを抱けている。今日は一日中テレビにしがみついて、借りてきた「水曜日のダウンタウン4」と「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」も見た。あとは、相変わらず最近はまっているラノベを読んでいた。充実した休日だった。今、夜の9時過ぎで、あと少ししたら寝なければいけない。そして明日が来てしまうので一抹の不安はあるが、まあ、なんとかなるんじゃないかと思っている。なんとかならなかったらなんとかならなかったでいいし、そのへんの諦めはさっさとしたほうがいい。たくさんあると思いがちだが、時間は有限だということを忘れがちなので、明日が人生最後の日だと思って生きたい。まあ、明日が最後の日なのだとしたら、仕事なんてほっぽり出して、地元に帰って親に会いに行くんだけどね。感謝を全然伝えきれていない。伝えても伝えても、今までもらった愛情を伝え返せる気がしない。それほどに、私は親からたくさんの愛情をもらった。もし自分がダメだと思っても、地元に帰って親と話していると嫌なことを忘れてしまって、子供の時のようなゆったりとした時間を過ごせるなんて幸せなんだろう。長々と書いてきましたが、最終的に私が言いたかったのは親は偉大だということでした。

 

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