眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

鈴虫寺

存在は認識していたが、なかなか行く機会がなかった。今回、嵐山から四条河原町へ行こうと思ってバスを待っていたら鈴虫寺行きのバスが来て、疲弊した体を休めたかったので車両に乗り込んだ。乗客は私一人しかいなくて、人々の間を抜けていくバスはそれはそれは格好よかったです。

 

20分ほどで終点の苔寺鈴虫寺へ着き、目的地へ向かうと少々の列が。しかも全く動かない。どうしたんだろうと待って20分ぐらいしたらようやく動き出しまして。説法を30分ほどしていて、それで入るのに時間がかかったんですね。あったかい室内でお茶とお菓子をつつきながらお坊さんのありがたいありがたいお話を鈴虫の音をBGMにしてうっとりと聴いていました。30分があっという間に感じられるような、もっと聴いていたいと思えるような凄くおもしろく、そして自分の身のふりかたを考えさせられる説法で、今回の京都旅行に来たのはこれのためだったのかな、なんて思いながら沁々と幸せな時間を楽しんでいました。自分に降りかかってきたものに無駄な抵抗をするのではなく、受け入れること。それができるような覚悟を身に付けること、みたいなことを仰られていて、そういったことはあまり考えていなかったので、自分の姿勢を正すいい機会でした。ことしの紅葉は台風や10月の雨のせいであまりよろしくないとのこと。確かに、葉っぱがあまり綺麗じゃないなと思っていたので、そういう理由だったのかと腑に落ちました。さっきまで、今回の旅は失敗だったかもなと落胆していたんですけれど、ひょんなことから鈴虫寺を訪れて、自分の生き方を考え直すいい機会を得られたので、いい旅になるかもしれないと少し期待を膨らませつつ、今から四条河原町へ向かいます。