眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

真剣に考えるのが馬鹿らしくなった

真面目に物事を捉えすぎていると、頭がかちこちになってしまって肝心要なところを見逃してしまう。今まで多くの大切なものを見逃してきてしまった。だからこれからはいい加減にいいかげんになる。誰かに小言を言われても関係ない。自分のなかで人生は自分で責任をとるので、指図をしてくれるな。という考えも真剣に考えないように、テキトーにこれからやっていくつもりです。知らず知らずのうちに他人の言動に縛られていることがあるから、気がついたら随時自分の考えを点検しなくちゃっと。そういうのって結構めんどいけどそれを怠ったあとに起きるであろうことの方がめんどいっぽいんで、適度に頑張ります。いや、頑張らなくてもいい。小学生の時に一生分の頑張りを納めたから、これ以上は何もそんなに向きにならなくても、って一歩引いた視点から物事を見ていく。この本に影響されたんだよ、明日になったら内容忘れているかもだけど。眠いけどまだ寝ないぞ、なぜなら読みたい本がたくさんありすぎるから、それらを読まないとこの心の高まりがおさまらないから。

 

わたしが存在しているのはもちろん、わたしがこういう人間として、こういう性質をもって存在していることも、いま椅子に座っていることも、いつかは死ぬという仕方で存在していることも、昔生まれてきたことも、まわりに色んな物体に混じって他人が存在していて、社会を形成していることも、この世界に色々なものが現在ある通りに存在していることも、そういう世界そのものが存在していることも、ありとあらゆることがことごとく不思議に思えてきた。ことばを替えて表現すると、この世界がそっくりそのままの姿で存在していなくてもよかったのに、なぜこのような仕方で存在しているのか。すべてが無であってもおかしくないのに、なぜそもそも物が存在しているという風になっているのか。もし一つの物しか存在しなかったとしても同じことだ。なぜ一つの物しか存在していないのか、なぜ他の物は存在していないのか。こういうことが不思議に思えるだろうから。

 

哲学者にならない方法

哲学者にならない方法