眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

今まで生きてきて大切なものなんてこれっぽっちもなかった

大学生の後半は部室に立ち寄ることが減った。それはもう自分は部活を卒業したので、あまり部室に入り浸っていると後輩が自由にやれないという勝手なお節介のためで、単なる自己の欲望を満たすがためのことであった。なので昼休みは図書館やテラス的な場所で過ごすことが多くなった。大学の図書館は蔵書数は少ないしラインナップも微妙なのであまり活用はしていなかった。自習できるように机が用意されていたが、年代物のためか安っぽいためか椅子や机ががたついたり、照明が点滅するものが多くて、図書館で自習するたんびにどうでもいいストレスが増えていった。たまに授業をさぼって家から持ってきた本を読んでいると、このままこの時間が永遠に続けばいいのになと思うことが多かった。社会に突き飛ばされたら理不尽なことで心身を磨り減るらしいことは兄や他の大人の状態を見ていれば分かっていたので、このままモラトリアムがぐるぐる続けばいいのになあ、そんなことばかり考えていた気がする。運悪く順調に卒業して今の会社で同じ事を繰り返しているのだけれど、果たして私のしていることがだれかの役に立っているか。目の前にお客さんがいないので、ストレートに相手の反応が返ってこないので、自分で「これでいいのだ」と思い込ませていないと承認欲求が満たされなくて辛い。頭に付属されたボタンひとつ押したらどばどばと承認欲求が満たされるような世界にはいつなるんでしょうね。そんなことが実現してしまったら、何事もやる気が起きなくなって、人は家具になってしまうだろう。動かないけど黙々とご飯を食べ続ける迷惑な家具。