眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

僕はもう僕であることを諦めてもいいのかもしれない

自分は内向的な性格だ、という思い込みにとらわれ続けた人生であった。人と関わる事象において、消極的な選択をし続けてきた。自分の言動で他人に変に思われやしないか、という強迫観念に苛まれ、他人を意識して動いてきた人生でした。果たしてそんな人生でよかったのかと振り返ってみても、どうにもつまらない生き方だよなというのが率直な感想です。もっとあのとき積極的に人に関わっていたら自分の人生はもっと華やいだものになっていたんじゃないかという後悔ばかりしてしまいます。いや、あそこで積極的な行動をしていたとしても結果としては大きな視点で眺めたらあまり変わりはない、と前向きに考えようとする自分もいます。でも、やらなかったことはどれだけ考えたところでその結果は分からないもので、やって後悔しておけばよかったなという結論にいつも至ってます。これからの人生はどうしていけばいいのか。他人にどう思われようと関係ない、やりたいと思ったことは躊躇しないですぐに実行する。そんな気概で日々を過ごしていけたらなあとは考えるんですけど、夜は特に自信満々に「よし、いっちょやったるか!」と決意を噛み締めてから眠りにつくんですけど。朝起きたときの「いや、今日はよしておこう。あまり乗り気じゃないし、そんなときに無理に行動を起こしても分不相応な結末が待っているだけだ。明日また考えよう」と逃げの姿勢になって。それをこれまでの人生で何百回繰り返してきたことか。あれほどまでにやる気のあった気分はいつも、朝になるとへなへなと弱まってしまって、保身に走ってしまいます。そんなことばかり続けているからちっとも前に進めていないような気分になるんです。実際のところ、子供の頃から根本的な性格のぶぶんで僕は変わっていないんです。もうここまで来たらこのままの自分で生涯をやっていこうという誘惑がちらついてしまうんですけど、それは本当に人生に絶望したときでもいいんじゃないかと。今はまだ新たな自分に挑戦するのも悪くはないかって、新宿の喫茶店で大江健三郎を読みながらぼんやりと思った次第です。明日からどれだけ忙しくなるのか分からないけれど、たのしくやっていこう。

 

われらの狂気を生き延びる道を教えよ (新潮文庫)

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