眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

誰かに見られていことを意識しすぎると僕はだめになる

もしこれをこの場で行ったら周りの人はどう思うのか。変な人間だなあと思われるのではないかと勝手に妄想して萎縮して何もできなくなる。もうそういう行動はやめる。他人にどう思われようが、犯罪を犯していないならそれは別に他人に許可を得る必要はない。自分の好きなようにすればいいのだ。仕事とか契約された関係のなかでは出来ないことも多々あると思うけど、それは人生のだいぶぶんを占めるものではないし、仕事こそが人生だからそこでうまくたち振る舞えない自分はどん底だと思うのはしょうもないこと。そんなものは気にしなくてもいいこと。大切なのは、自分にとって大切な人の前でちゃんと自分で生きているかってことだ。どんなことをしても好かれるし嫌われる。それなら、事前にぐちゃぐちゃ考えずに、自分のやりたいと思ったことをやらないと、やりたいと思ったことが死にきれずに自分の周りを浮遊し続けて、それが自分の心に乗しかかってくる。それが積み重なるとその重みに耐えきれなくなって、「もうだめだ、全てを終わらせよう。そうしようそれが最善の選択だ」と狭い視野で物事を見るようになってしまう。狭い世界だと考えることもつまらないみみっちいものしか出てこなくなるし、そうなると自分がつまらない人間に思えてくる。実際、客観的に自分を見たらつまらない人間になっているいるんだろう。ええと何が言いたかったんだっけ。要は自分の心に素直になること。他人を意識しすぎないこと、それは自分が作り出した虚像に過ぎない。そんなものに怯える必要はない。あとはそうだな、楽しく気楽に生きていきましょう