眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

樽いっぱいのワインをがぶ飲み

読みたい本がたくさんある。読めば読むほどたくさんの本に出会って、それらをぜーんぶ吸収したくなる。けれど時間が足りない。そんなことを理由にするのは卑怯だって分かっている。効率的に動いて、出来た時間を使って読めばいいって分かっている。どうして出来ないのだろう。今この目の前にあるスマホが私の時間を盗んでいるのか。この時間泥棒め、どこまで私の人生を奪えば気が済むのか。今すぐスマホの電源を切って遠くに放り投げ、高く積み上げられた本を読んでいけばいいのに、指は動きを止めないで次々と言葉を紡いでいく。「紡ぐ」って言葉がたまらなく好きだ。言葉を紡ぐという言葉を日常会話で耳にしたら、おそらく私はふにゃふにゃになってしまう。なにも考えられなくなってしまう。それでいいのだ。もう、秋なんだっけ。今いちよくわかんない。○○の秋というのが嫌いだ。そんなもの全人に当てはまるわけでもないし、業界の巧みな宣伝だ。読書なんて年がら年中してるけど、最近は不足ぎみ。通勤時間とか仕事の休み時間を使ってKindle電子書籍を読んでいるけど、やっぱり紙媒体で文章を読んだときとはなんか違うんだよな。内容は入ってくるんだけど、どうもしっくりと定着しない。まああと数年も電子書籍を読み続ければ、反対に紙媒体の文章に取っつきづらくなっているのかもしれない。それはそれで寂しい。

 

名門校「武蔵」で教える東大合格より大事なこと (集英社新書)

名門校「武蔵」で教える東大合格より大事なこと (集英社新書)

 

 

環境問題や国際紛争など、現在世の中が抱える諸問題に唯一絶対の解決法などない。ましてや起死回生の一発のようなインスタントな解決法はない。常に状況は変化しており、それにともない最適解も動く。世の中の問題のほとんどは、動的な問いである。 動的な問いに対処するために必要なのは、速く正確に正解を導き出す力より、簡単には答えを出さずモヤモヤしながら問いを問いとして抱え続ける力である。 正解があるわけもない複合的な問題に対して「オレについてこい、こうすればいいんだ!」と威勢良く言うのは〝カッコいい〟けれど不誠実きわまりない。そんなリーダーはもういらない。渋々と「わからない。でも考え続けよう。みんな、力を貸してくれ……」と言えるリーダーこそが、これからの時代には必要だ。

 

この本を読んでいて、今までの勉強のやり方はなんてインスタントで一過性のものだったんだろうと痛感した。深く考えることもしないで、次から次へと目の前のものを反射的に覚えて。試験が終わったらそのままポイッ。考える力というものが乏しいから、新しいことに立ち向かう際にすぐに人に答えを聞いて分かったようなふりをしたがるんだ。そんなんじゃだめ、自分の頭でしっかりととことん分からないを突き詰めていくことが大切で。それで答えが出なくても、分からないもやもやを抱えていたらいずれ「あっ、もしかしてあれはこういうことだったのか」と分かるときが来るかもしれないし来ないかもしれない。でもそんな風に考えを突き詰めていくことで物事をより深く多角的に眺めることができ、自分の思慮をどこまでもどこまでも深遠なものに出きると思うんだ。今までそれをサボってきたつけが、ようやく回ってきたんだね。まだ遅くない、はず。