眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

どこかで

さっぱり忘れてしまった。何を?それが思い出せないのだ。困るか?と聞かれたら「たぶん困らないと、思う」とどこかでくたばっている自分が答えてくれる気がする。自分の外にいるであろう自分が答えてくれるそれに、僕も他人行儀で聞いていたい。誰もが~~だから、という謳い文句が嫌いだ。特に、「誰もが孤独だ」と断言されると、いやそんなことはないでしょと釘を指したくなるような気がする。生きている時期によっては「これが孤独ってやつか」と嘯きたくなる時もあるだろうけど、いつまでも孤独だとそれが平時になって孤独であると気付かないのではなかろうか。孤独であるということは他者の存在を認識することから生まれるシステム上のバグみたいなもので、そこまで気にする必要なんてない。お腹いっぱい美味しいもの食べて、見たいもの読みたいものにたくさん触れて、いつもより早めに寝床につくことで大抵のことは解決してほしいなあ。そううまくはできてないか。不完全な世界に生きる人々が不完全なのは承知の上で、それでもまだ限界はこんなもんじゃないって信じていたい。そんなことを思っていたということを、いつまでも忘れたくない。