眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

「過保護のカホコ」はすんばらしいドラマ

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

このドラマを見ていて考えていたことがある。カホコにとって家族は出来る限り一緒にいて、楽しそうにしているのが大事だそうです。そう思うときもあるけど、一緒にいたら嫌なところがたくさん見えてくるし、少しのことでいらいらしてしまう。もうだめだと思うし、思春期に極端に家族のことが嫌いになったことはなかったがそこまで大好きっっ!て思ったこともない。そこにいるのがあまりにも当たり前すぎて、その大切さに気づかない。本当の大切さは失ってから気づくんだと誰かが言っていたけど、たぶんそうなんだろう。家族の大切さを身に沁みたことがそこまでない。小さい頃はあまり深刻に考えたことはなかったが、高校生にあがった頃ぐらいに自分は人と接するの下手だなーとちょくちょく考えるようになった。そのときに家族から疎外されている感覚を味わった。何か嫌がらせをされたわけではない。楽しそうに話している家族のなかに入って一緒におしゃべりすることができなかった。なんでできなかったんだろう、なにを怖がっていたんだろう。そのときにリビングで家族が話していると自室に一人こもって、なんで自分はこうなんだろうと無駄に自分を傷付けていた。そんなに責める必要なんてなかったと今ならそう思えるけど、そのときはそんなことを考える余裕もなくていっぱいいっぱいで。なんて自分は駄目な人間なんだろうと自分で自分を縛り付けていた。誰かが僕に悪口を言ったとしても、それ自体が僕を苦しめているわけでなくて、そっかあ自分は駄目なやつなんだと自分で自分を責めるときに辛くなるんだよ。だからさ、そんなに深刻に考えないでさ、気楽にやってこうぜ。悩むことなんてこの世界を去った後にたっぷりとしようぜ。全然ドラマの感想になってない。「フランケンシュタインの恋」のときと同じように、最後がどうしても尻切れトンボになってしまうのがすごく惜しい。今まですごくワクワクさせてくれてじゃん、あと1話なんだからどうにかもってくれよ、と願うけどそれが届くかどうか。そうか、来週でもうカホコともお別れなんだな、早いよ、時が過ぎるのが早いよ。まあ、二人がイチャイチャしはじめたところでドラマに対する興味がするするとほどけていくようになくなってしまったのはここだけの話。

 

過保護のカホコ オリジナル・サウンドトラック

過保護のカホコ オリジナル・サウンドトラック