眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

だれかが

僕の考えていること全て既にこの世界のだれかが考えていて、答えも出ているのだとしたら、僕が改めてそれを考える必要はあるのか。今までだれも考えたことがないことなど今さらあるのか。新しいことを考えてそれを世に送り出す人をパイオニアと呼ぶのか。開拓。新しい土地を作り出すのではなく、耕された土地をのんびりと眺めていたい。無理に生き急がなくても終わりは来るから、まあのんびりやっていきましょう。仕事では追い込まれることが多々あって、無駄に心を磨り減らしたりもしたりして。どうでもいいことをどうでもいいことで打ち消したい。消えろ、他人の視線という自意識。それでもどうにもこうにもならなくなって、自分という存在が無意味に思えてしまって、何か危ない薬*1を飲んだかのように心は昂った。目の前で繰り広げられているこれら全てが現実なんだぜ、けれど真実ではない。その圧倒的な情報量とそれらを行き来する人々の策略を想像したら、もう何もしたくなくなった。何もしたくない。しない。このままでいい。このままでいさせてくれ。頼む。お願いだ。どうして変化を望む。現状維持すらも変化なのではないか。このまま時が平穏に流れて、自分の存在意義など考えない方がいい。そんなことしてるとあっちの世界に近付きすぎてしまうから。でもそれってだめなことなのかな。苦しいときに、どうしようもなくなってあっちの世界を考えて楽になれるのなら、いいんじゃないか。どうせあっちに行ったらこっちがあっちなのだから、そこまで深刻に考えることもなかろう。全ては思い込みから始まる。いつも同じことをしてもどうしようもない気持ちはどうしようもないままなので、保坂和志の「未明の闘争」を読み始める。作者の考えていることが長々と続いて一向に話が進まないところがいい。今電子書籍で読んでいる「平浦ファミリズム」が平易な文章で軽快に話が進んでいく感じで、それはそれでいいんだけど、気難しい本を同時進行で読むと、バランスが取れているような錯覚に陥って気持ちいい。ところで、お前、そんなことしていて楽しいか?自分の満足だけで他人に迷惑かけていて、恥ずかしくないか?今さら変えようがないだろう、誰も何も言ってくれないものな。自分で変える勇気もないだろう。そのままどこかで朽ち果ててくれ。

 

未明の闘争(上) (講談社文庫)

未明の闘争(上) (講談社文庫)

 

 

*1:危なくない薬なんて存在するのか。そんなものがあったとして、存在している必要性が分からない。自分を変えるものに日頃から触れておかないと、鈍感で成長を拒む人間になっちまうぜ。