眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

理不尽なことに耐え抜く力は必要か?

社会人になるまで「これ理不尽すぎて笑えない」と途方に暮れるほどの理不尽さに耐える試験がやってこなかった。正に平凡で穏やかな日々であった。あの頃のような平和な日々がいつまでも続けばいいのにね。社会に飛び込むと相手のことを意味もなく蝕んでやろう、とするけしからん奴が往々にして蔓延っているので油断ならないわけ。毎日誰かが怒号を撒き散らかしているとような極端な環境ではないけど、学生の頃に比べたらちとしんどいところは多々あるわけで。相手に反論しようにも知識と経験の差が歴然としているので、どうせ何を言っても聞いてくれないんでしょ......涙。といったように先回りして考えてしまい、先輩と仕事の進め方で衝突したことはない。というよりもしようとも思わない。「はい、はい、そうですね、分かりました」とまるで従順なロボットと化したように先輩の言付けをしっかりと守る兵士、これはなんだか虚しいね。また、後輩がふてぶてしい輩で、なんだろうねあの馴れ馴れしい感じは。「はあ、なんでぼくがこんなことやらなくちゃいけないんですか。先輩暇そうっすよね、手伝ってくださいよ」どこまで神経がぶっといやっちゃ。閑話休題。学生の頃に理不尽なことを押し付けられて、それを耐え忍ぶ経験をしておいた方がよかったのかしらという疑問が沸き上がりましてですね。私の意見はどっちでもいいんじゃないんですかということです。個人的には嫌な思いは避けられるのなら避けたいので、生きている間は理不尽なことが来ないように器用に逃げ切るつもりですがなにか?上司が「学生の頃に苦労しなかった奴は社会に出たら使いもんになんねえんだよ」と言うだろうなという妄想をたまにするんですけど、とにかく逃げ切るだけです。