眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

放送委員の憂鬱

小学生高学年の頃、放送部で昼の休みとかに全校生徒にどうでもいいことを話していた。例えば学校のクイズと称して、「○○先生の好きなものはなーに?」であるとか、「この学校で一番年齢が高い先生はだーれ?」とか、ほんとくだらないことを垂れ流していた。題目は放送委員の自由だったので、毎回際どいところをつきつづけていた。職員室の端っこに放送室があり、昼御飯を食べるときに急いでそこに行くので、給食はクラスの人に持ってきてもらった。たまに先生が労いがてら給食のデザートを差し入れてくれたり、クラスのお調子者が茶々をいれてきたりして、それなりに楽しかったが最後らへんはマンネリが凄かった。音楽の授業で「ケチャ」という刺激的な民族音楽を聞かされて、そのときこれを延々と流したら面白いことになるんじゃないか、何かが変わるんじゃないかと30秒ほどの音楽を5回くらい流した。誰も聞いていなかった。

 

他には図書委員をやったりもして、新しく来た本に透明のカバーをつけたり、本の感想をてきとーに書いて掲示板に張り付けたりしていた。そのとき「なめとこ山のくま」なんて物語にはまっていて、執拗にその感想を書いた。誰も反応しなかった。絵が絶望的に下手なわたしは、感想文の隣に描く絵を憎らしげに眺めたりして。他には休みの時間に図書室で生徒たちの本の貸し借りのバランスを調節したりもした。あの頃から本が気になり始めていたのだ。そういえば学校が何十周年かのときに校庭に子供を並べて文字を作るなんてあほらしいこともした。それのいちぶぶんになることに、特に感想は持たなかった。先生元気にしてるかな。