眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

まだ間に合う

仕事を終えて、ジムでしっかりと運動をして、家に帰ってささっと夕飯を作って食べて、んでクーラーつけた部屋で布団に寝転びながら音楽を聴いて今この時間だけに集中して幸せを噛み締める。この幸せのためにきっと僕は毎日を頑張れる。街の喧騒から抜け出して、自分だけの世界で悠々と好きなことだけをしていられるこの時間のために日常の嫌なこともなんとか受け流している。最近は週末にYUKIのライブがあるからエンドレスでYUKIをリピートしている。今この瞬間は明日のことを考えないのが楽しく暮らしていくコツ。昨日の夜はあまり楽しいものではなかった。昼過ぎに起きてしまって、一日の半分損したーとぐだぐだしながら、「お嬢さん」という韓国映画を観に行った。それがあまりにも過激なもので、デートの選択を間違えてしまったことに窮屈さを抱えながら二時間半をやり過ごした。そして家に帰って月曜日のことを考え始めたら不安が止まらなくなって嫌になった。まだ何も始まっていないのに「大丈夫なのだろうか、うまくいくだろうか」と今考えてもしょうがないことをぐるぐると考えてしまって、淀んだ心で眠りについた。で、まあなんとか今日はいい感じにやり終えたのでよしとする。にしても、あの映画をデートで観るべきじゃなかったよ......。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

ホントは出版業界で働きたかった。でも最近は本の売れ行きが低調だし、他の娯楽にその居場所を取られてしまうから、もし就職できたとしても将来は不安だなとか考えて就活中にその道を考えなかった。

 

どうしてこんな業種の会社に入ったのか、というか、どうしてこの業種の会社が自分を採用したのかがよくわからない、と思う。そのぐらい仕事には興味がない。が、仕事は仕事だから真面目に仕事をする。その思想が完全に身についているので、仕事に興味はないが仕事はさほど苦にはならない。だから、自分はここにいるべきではない、という焦燥に駆られるわけではないのだが、単純に、昇給がない、ということが不安になる。自分の老後ははたして大丈夫なのだろうか?

津村記久子アレグリアとは仕事はできない」

 

今でもこの会社にいるのはいろいろな偶然が重なった賜物だと思っているし、なんなら大学であのサークルに入ったのも、あの大学に入ったのも偶然がたくさん重なりあった結果な訳で、そのなかに自分の意思がどれほど入り込んでいるのか。私は流れに身を任せながらのらりくらりその場をうまくやりこなしたつもりだけど、本当にそれでいいの?文章に関する職業に就きたいはずなのに、好きなことを仕事にすると後々辛いとかそんなことを言い訳にして、傷付くことから逃げてない?まだ間に合う、まだ間に合うはずだから。まだ君は君が思うほど老けてはいない。でもそこまで若くもないのだから、決めるなら今だ。