眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

それでも日々は続いてく

最近津村記久子の本ばかり読んでる。あとはKindle町田康の本も隙間時間にちびちびと読んでる。本を読んでると自分の心の状態がわかるんですけど、調子がいいなってときはすーっと文章が頭のなかに入ってきて物語がさくっと構築されてそれをただぼんやりと眺めているだけでいいんですけど、調子の悪いときは何度読んでも頭に入ってこなくて、無理して読み進めると「あれ、なんでこんなことになっているんだろう」と物語のなかで迷子になる。

 

「おれはなんていうか、あんまり一人でおりたくないと思ったことがないから。そら、いっぱい周りに人がおって、みんながみんなつるんでたら心細いかもしれんけども、とにかくうちで一人でおる分には、いややと思ったことはないな」

 

過去と現在が行ったり来たりする構造の小説で、過去のこのことが今のこれに影響を与えているということが分かってしまいちょっとバツが悪くなってしまうような。聞きたくもないのにべらべらと自分のことばっかりを話している人間のせいで無駄な彼/彼女の情報が自分のなかに蓄積されていくストレス、それと向き合っていくことが都会で生きていくことだとテキトーなことを考えながら最近はのほほんと生きているんですけど、ちょっと先の未来ではせっせと心を目まぐるしく動かして、自分の本当を殺してやっていかなくてはいけないようなーとか思ったりすると、こののんべんだらりとしている今の状況はこの上もなく幸せものなのだと思います。本の感想を書こうとすると本を読んでいたときに思っていたことを書いてしまい感想とは遠くかけ離れたものになってしまいがちな最近の日常です。

 

八番筋カウンシル (朝日文庫)

八番筋カウンシル (朝日文庫)

 

 

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