眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

東京では車を運転する必要がない

久しぶりにSF作家の小説をきちんと読んだ。SFは私の苦手分野で、専門用語が飛び交い始めると何を読んでいるのかが分からなくなる。また登場人物の名前もカタカナが多く、人の名前をよく覚えられないということも障害になっていた。まあこの小説はそんなにSFSFしてないのでスルッと読めたし、文章が全然古くさくなくて好感をもった。明治時代の文章を読んでいると何が何だかんだわからなくなって本を投げ飛ばしたくなる。大正時代も難しい。昭和になるとそこそこ読みやすくなるけれど、昔の文体にこだわっている作家などは読むのを諦めてしまう。本当は咀嚼しづらい文も読んで読書力の足腰を鍛えなくちゃいけないんだろうけれど、今はそんな余裕はないのだ。話は脱線したが、この小説がおもしろかったかと言われたらそれほどでもと顔を赤くして答えるかもしれない。クルマというものに興味がないので、それを造ろうとしたりその手の専門用語が飛び交うとそれらが過ぎ去るのをじっと根気強く待った。我慢する読書は体に良くないことは分かっているんだけれど、お金を払ったものはちゃんとその分を味わいたいという根性が働いてしまうのだ。つまんなかったらさっさと捨てちまえばいいのに。面白くないわけではなかったので、最後まで読んでしまった。来週の頭には内容を忘れていることだろう。最近回鍋肉を食べ過ぎて、自分の体の半分は回鍋肉でできているといっても過言ではなくなってきている。

 

魂の駆動体

魂の駆動体

 

 

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