眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

体中から生きる熱気が迸るような、そんな生き方ってどこに売っていますかね?

寄せ書きが嫌いだ。あの、やたらリーダーシップを取りたがる連中が「あの人にお世話になったから、門出にみんなで寄せ書きかこー」とか言ってたいしてお世話になってないのに感謝の意を書かされるのが苦痛でしょうがない。なんで誰かに強制されてあまり関わってこなかった人間にコメントを書かなくちゃいけないんだ、なんて羞恥プレイだよ。それに、最初に書かされるのがすごく嫌で、自分の後に書く連中が私のコメントを見て「こいつ全然気持こもってねえじゃんかよ」とか思うのだろう。なんて不毛な文化なのだ。感謝を伝えたい奴が好き勝手やればいいじゃないか。どうしてそこまで喋ったこともない人も巻き込んで感謝の意を述べなくちゃいけないんだよ。むしろこんなことをさせられる自分に感謝してほしいぐらいだよ。大学生のときにやたら書く機会があって辟易してて、さすがに社会人になったら書かなくてもいいだろうと思っていた矢先のこの仕打ち。もう、辞めるなら黙ってさーっと波風立てないで辞めてくださいよ。こんな面倒なことになっちゃったじゃないですかあ。そりよりもなによりも私は先日のももクロのライブに行けなくて傷心気味だっていうのに、変に刺激しないでくださいな。

 

 

 

もう四月も三分の一が終わってしまったことに不安を感じる。そろそろ責任感のある仕事を任されそうで嫌だ。なんなら今ののんびりとした、何もやることがなくて少したいくつしてる時間が嫌じゃなくなってきている。最初は周りがせっせと動いているのに自分はやることがなくて無意味にExcelをいじっていたことに罪悪感を感じていましたけど、慣れますねあんまり何も感じなくなってきました。もうこのままいてもいなくてもどっちでもいいような存在になり果てて、転職する際に引継ぎとかめんどい作業をあまりしなくてもいいような風になってみたいんですけど、そう簡単にことは運びませんかね。やりたいことがないんだよ!何をしたいんだよ、どうすればそれが見つかるんだよ。どうやって見つけてきたんだよ、仕事にどうしてそんなに夢中になれるんだい?教えてくれよ、楽しく有意義に日々を過ごすコツを。。。今のままなら、ただ無駄に日々を咀嚼していく日々を積みかさねていくことにいったい何の意味があるんだよ。

 

 正直、あってもなくてもいい小説。

お前ならどうするんだ。響ならどうするの。もしその才能が枯れた時、あなたなら。

「その、だったら、どうして、生きてるのかなって......」

「私、今気づいたんだけど、新作を出さなくなった作家さん、その......消えた作家さんって人達は、なんとなくだけど、死んだと思ってたみたい。でも、よくよく考えればそんなわけないよね。死ぬっていってもそうそう自殺とかできないし......面白い小説が書けなくなって、生きてる意味がなくなっても、生きなきゃいけないんだよね......大変なんですね...その...良い余生を......」  

「響~小説家になる方法~(3) p57,58,59」

 

痛快だ。