眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

なぜどうしてこうもうまく生きることができないのだろう

高校三年生の秋、受験勉強も仕上げの段階に入ってきて教室は殺気だった空気に満ちていた。私ももちろん勉強はしていて、なんとか国立に行けないかともがいていた。だが、勉強よりも大事なことがあってそちらの方に多くの時間を注いでいた。音楽を通学の行き帰り、家に着いてからは勉強のBGMにかけていた。途中からBGMからカラオケになり、勉強そっちのけで全力で歌っていた。隣からはどんどんと壁を叩く音が止まなかった。

 

あのとき、音楽はとにかく私にとっての正義だった。学校での嫌な出来事や、家庭でのつまらないいさかいなどで疲れきった心をアカルイヒカリで音楽は照らしてくれた。その頃によく聴いていた音楽は今聴くと当時の思いとか匂いが想起されて、今とのギャップにぐっとくる。今も音楽は飽きもせずに聴いてはいるけれど、あの頃の熱量で聴くことができるほど私は若くなくなってしまった。当時繰り返して聴いていた音楽は今でも同等の価値が私にはあるのだが、あの頃ほど私は元気がなくなってしまった。元々元気なんて言葉が似つかわしくないほどおとなしい人間であったが、今は呼吸をする家具みたいな存在だ。