眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

駆け引きのシーソーゲーム

職場に合わない人がいる。何もかもが気に食わない。これがこうだからと明確に提示できるほどではないが、ぼんやりと「こいつなんかいやだな」って思う。その感覚は合っているし、たぶんこれからもその感情は消えることはない。話し方一つにしても「そういう言い方ないんじゃないの?」っていうことが多いし、教えられてもいないことをとっくに教えられただろ?なぜわかんねえんだよ、と詰め寄られてもいやいやいやと遠ざけたくなる。そういう人間に限って必要な情報を握っていたりするので、今繋がれている職場で仕事をする上での障害がまあ高いこと高いこと。これはビジネス、感情を圧し殺して嫌いな奴にもへいこらと頭を下げて情報を奪取せよ、が正解なんだろうけど、サラリーマンにまだまだ染まっていない私としましては、そんな奴とは一秒たりとも関わっていたくないぜ、と距離を置いてしまう。往々にして損をしてしまう。そんな自分をねじ曲げてまで仕事をしなくちゃいけないのか。そもそも自分はこんなことをするために生きてきたのかい?悩んでいる暇は、もうそんなに残されてはいないぞ。仕事における可視化が難しい気遣いとかなくなっちまえ。

 

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自分の考えをうまくまとめることができない。頭のなかにあるものを相手に伝えようとすると、どうしてもぼろぼろと内容がこぼれ落ちて、それで焦ってその場で必死に考えて、最終的には「あれ、こんなことを言いたかったんじゃなかったのにな」というところに着地してしまう場面によく出くわす。そういうことを何回も繰り返していると、相手に何かを伝えることに不安を覚えてしまい、そのような状況を回避するようになる。その結果、伝えることが下手なまんまで日々は過ぎていき、何も解決されないままにただ年老いていくことになる。こんなんじゃだめだと分かっているのに、動き出せなくなってしまっている。だめなのに、なんで前に進む勇気が生まれてこないの?その分野の知識が圧倒的に足りていないということもあるし、それよかきちんと文章化されておらず一子相伝みたいなところがあり、それを手にしている相手が上記のような人間なので渋滞が起こる。結果、誰しもが損をしてしまう職場が生まれてしまう、てか私が作り出しているのか。まだまだ学生気分が抜けきっていないことは駄目なことなのか?サラリーマンなんてものに染まってしまうことがいいことなのか?それでいいのか、ほんとに。

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