眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

どこまでも浮遊していく

どういう経緯でそんなことをしたのか今になってはよく覚えていないが、とても欲しいゲームのソフトがあって、親に頼むのも憚られて、自分が持ち合わせているなけなしのお金を使って、Loppiでそれを買った。それっぽい袋にそれを詰め込んで枕元におき、25日の朝に一通りのリアクションを終えてから袋を開けてほくほくとした気持ちを抱きながらゲームを始めた。そのゲームはそこまで捻りのないもので、一週間もしたら飽きてやらなくなった。他の年でよく覚えているのが、姉がテニスのおもちゃ、私がバットのおもちゃで、タイミングよく振るとそれなりに気持ちいいリアクションをバットがしてくれるというものだった。それはしつこく使い続けて、3年以上は遊んでいた。たまに押し入れから引っ張り出しては遊んだりしていたが、今それがどこにあるのかは私にはわからない。

 

 

現実と非現実のちょうど境目のところを行ったり来たりしていると、自分が立っている場所が不安定になってくる。世間様は普通こそが美徳と考えているが、普通などはこの世に存在しないので、いかにして普通っぽく振る舞うかが生きていくうえでの重要なところで、私は嘘をついてまで猿芝居をするのが心底嫌なので、そういうものの存在に気づいたときからそのような行為を放置していたのだが、いろいろと不便が生じてきていることを常々感じて生きづらいと思うけれど、真面目くさった顔で道化師を演じるつもりはありません。そんなこと考えんで、気楽に周りに合わせていれば生きやすくなるのにね、できないね。それが自分の固いところだって思うんだけど、なかなか治す気にはならないものですね。この本とは全然関係ない話をたらたらしてしまいましたが、こういう本に巡り合えるから読書はなかなかやめられません。

 

 

浮遊霊ブラジル

浮遊霊ブラジル

 

 

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