眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

ここからが始まりです

自分を救ってあげられるのは最終的には自分だ。誰かに何か言われて凹んだときに、「あんな奴のいうことを真に受けることなんかないんだぜ」とか周りの人に言われたからってそれだけでは人は救われない。(そうだよな、気にする必要なんてないよな)と自分が心からそう思えて初めて、人は自分を肯定することができるんだ。そうやってやってきたつもりだったんだけど、今日は自分を信じてあげることがあまりできなくて辛かった。同じ時期に入ってきた子がスイスイと仕事をやってのけるような人で、僕にはすぐには理解できないようなこともすんすんと理解して、あっという間に仕事をやり終えて「何かやることありますか?」と周りの先輩にきちんと聞くことができる。それが僕にはできなくてすごく悔しかった。やろうとしても周りの人の評価が気になって、固まってしまうのだ。今こうやって冷静に振り返ると、自分の事しか考えていなかったんだなと思えるのに、あのときはただただ自分が無力な存在に感じられて、そこにいるのがただただ嫌だった。他人に自分の事を受け入れてもらえるのか、いや多分あの人だと嫌な顔をするだろうから今回はやめておこう。そんな瞬時の思考回路が構築されてしまって、それが普通になって、気にも留めなくなって少しずつ僕は努力をすることをあきらめてしまった。成長することを拒むようになった。現状に満足するようになって、これ以上進むのはよそうと勝手に考えた。浅はかだ。そんなことしていたら、ますます自分の事が嫌いになってしまう。諦めることが普通のことになってしまう。それが、いやでいやで仕方がなかった。

 

最近のこと、よくできる子に次々と大切で重要な仕事を任せられた。その子は参ったなあとした顔をしていたが、内心は自分が評価をされてうれしかったことだろう。それを知ったときに、僕は今までの自分を恨めしく思った。こうやって怠惰な態度でいたから自分には大切な仕事は任せられないんだよ、と。もうその雰囲気の中で息をするのが辛くなって、僕は天を仰いだ、気持ちで心を落ち着かせようとしたつもりだった。少しの残業をしたあとの帰り道、ものすごい自己嫌悪に陥った。どうしてもっと積極的に動けないんだろう、どうして周りをよく見て困っているような人を見つけて気軽に声をかけることができないんだろう、どうしていまだにこんなところでこんなことをしているんだろう。よくできる奴と比較して、僕は僕を苦しめた。嫌だった。そんな自分のままで生きてきたことが恥ずかしかった。自分を肯定してあげたかった。

 

そんなことを遠路にいる親に話したら「人は人、比べたってしょうがないじゃない。あなたはあなたなんだから、それ以上でもそれ以下でもない。自分のままで頑張ればいつか評価してくれるはずだよ」みたいなことを言ってくれて、そうなんだよ、そうなんだけど心からそれを肯定できないから苦しい思いをしているのだ。でも、自分から出発するしかないよな。今からでも遅くない、他人と比較して自分を卑下する暇があったら、今の自分を肯定して肯定して、前に進んでいくしかないんだって、そう思えるようになって心が落ち着いた。僕は成長する速度が人よりも遅いほうだから、何かを始めたころはあまり物事をうまく進められなくて辛い思いをするかもしれないけれど、辛抱強く続ければいつかできるようになると信じているし実際に今までそうやってきたじゃないか。今ここから自分を肯定して初めてスタートラインに立てるんだよ。そう自分に言い聞かせて、自分の足でしっかりと地面を踏みしめて一歩ずつ、遅くとも自分を信じて進むんだ。

 

 

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