眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

他人という自分

整合性のとれた発言をしようとするとするじゃないですか。これまで言ったこととこれから言うであろうことを検証して、相互に差異がないこと確かめるじゃないですか。これ、ものすごく時間かかるし、はっきりいって全部をきちんと調べるのは不可能です。これに発言の根拠となっているものが本当に正しいのかまで気にし始めたら、言葉を発することなんてもうどうしたってできないんですよ。これにほとんど近い状況に置かれていて、なんでしょうね、ただただ辛いです。プラス自分に合った(他人が抱いているであろう自分に対するイメージ)自分を考慮してとなると、前を見つめることしかできんです。適当にええ加減にいい加減ということがうまくできないわけですよ。たまに滅茶苦茶なこと言って自分も他人もいっしょくたに煙にまきたい。確立した面倒な自意識がほんとほんと嫌で、もうどうにかして。他人に言っても伝わらないし変人扱いされるんで、こんなところでつらつらともらすしかないんですね。それがどんなにありがたいことか、ここ1ヶ月自分の気持ちを吐露し続けて気付きました。うまく書かなくてもいい、気持ちのおもむくままにただただ書けばいいってようやく気付いて、すごく楽になった。ゼロか百の判断、もうやめませんか、ねえ。自分に言い聞かせて今日もなんとかくぐっていきます。

 

いろんな物事に判定下すのやめませんかやめましょうよ。何がいいとか何がダメだとか、評論家気取りで周りの物事を考えられるようにばっさばっさ切り捨てていくそれはもう見てておぞましいです。そういうことはそっと自分の中に置いといてください。たっぷりと暖めてください。もう聞きたくないんですよ、どうでもいいような言葉を。そんなことをしている暇があるんだったら、いや、わかんなくなったからいいや。要はそっちがその気でも私にはどうでもいいのです。無駄な争いはやめましょう。もうどっちがどっちのものでもいいでしょ。以上です。

 

 

 

 

 

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