眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

(笑)の恐怖

最近好んでよく読んでいるブログがあるのだが、ブログというものは新しいものから順に辿っていく読み方をさせられるもので、時系列順に読む方法もあるのかもしれないがいちいち調べるのも面倒なのでそのままの表示で読んだ。平日の昼休みに夢中になって読んでいて、これを読まないと仕事をやってられないというような一種の清涼剤として使っていたのだが、今日読んでいたら突如終わった。ということは初投稿(おそらく)の記事を読んだことになり、そのあっけなさに少しだけ呆然とした。これからはあの途方もない時間に何をすればいいというのか。そのブログは毎日更新してくれているので、ある程度たまってから読むということもできるけれど、多分更新された日にすぐに読んでしまうだろう。

 

今週の木曜日は休みであったので、一週間に二日も金曜日があるようで得をしたと思ったが、今日の朝の仕事行きたくなさが強かったので、一週間に二日も月曜日があるようでもあるのだなと思った。なら金曜日か月曜日に休みがあったほうがいいな。そもそも祝日もきちんと休みを取らせてくれることに(当たり前のことだけど、それができていない所が多すぎる)もっと有り難みを感じるべきなのだろうけど、昨日読んでいた本が編集の術なんてない、私はこうやって編集を学んできたという本が自著の紹介文みたいになっていて、よくある自己啓発本かなとがっくりした。買わなくてよかった。

 

自己啓発本で思い出したが、私がこの手の本を読み始めたのが高校生で今後は読まないと誓ったのも高校生であった。当時、どうしようもないほどの劣等感に苛まれていて、なんでもっとフレンドリーな人間になれないんだと悩んでいた頃に、そんな自分を変えましょう変えれるんですよというような趣旨の本と出会って、夢中になって、その類いの本を貪るように読んだ。読めば読むほど理想の自分になれると思った。実際はそんなことはなかった。少しは前向きに物事を考えられるようになったが、結局は気のもちようというか、自分の意思がないと代われないと思った。そして無理して変わらなくてもまずは今の自分のままで世界に飛び込んでいけばいいんじゃないかと思っていて、その考えは今も抱いている。最近は小説をよく読んで、他人が何か考えているのかということを学ぼうとしている。そんなの学んでもしょうがないのだけど。以上です。

 

 

 

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