眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

円城塔はねむくなる

まともに読めた試しがない。眠くなるのだ。退屈というわけではなく、ただただ眠くなるのだ。読んでいると、一種の催眠にかかっているかのようにこくりこくりと頭が垂れ、自分の意思で文章を読むことが不可能になる。これは文章の極みである。文章は人に読まれることでその意味を見いだすが、彼のリズム感のある心地よい文章は読まれることを拒むかのようにひらりひらりと読者の手から離れていく。一気に読み通すことが不可能であるなら分割して読めばいいという考えもあるだろうが、途中から読みたくはない、一気に読みたくなるのだ、この文章は。よし、今日は順調に読み進めているぞと思ったら眠りから目覚めて、「ああ、そういうことだったのか」と納得する。どうしたら彼の本を読み通すことができるのか。初めて彼の文章に向き合ったのは京都のとある喫茶店。古き良き豪華客船をモチーフにした、居心地が良すぎるその喫茶店の禁煙エリアで「道化師の蝶」これは喫茶店の近くの本屋で購入済である、を読み始めた。どんな話だったのか今となっては思い出せないが、読み始めると周りの景色が曖昧になって、私と本の2つの物体が空間に存在することになる。否応にもその文章と向き合うことになるのだが、読んでも読んでも残りの枚数が減らない。おかしい。なんだこれは。気が付いたら、頼んでいたホットココアがもぬけの殻になっていた。長編は無理だ、短編をなんとか攻略しようと読み始めたのがこれだ「バナナ剥きには最適の日々」なんだこの表紙は人をおちょくっているのか、そんなことばかり、余計なことばかり、考えて、ぜん、ぜん、前に進めない気になったところから読み始めようと本をパラパラとめくり目についた短編から読み始めたねむいねむいぞ目薬が半分になるまで読み進めたやっと読み終わったやはり眠い続きは明日読もう。気づいたら一週間後で、あれどの話を読んだんだっけと途方に暮れてとにかく目についた短編を読み始める。身体中からコーヒーが薫りだすのが億劫になりながらもなんとか読み終えまし、た、あれ、でもこれ依然読んだよう気が、まあいいか。一か月後、よし読もう、あれ前読んだのどれだっけ、そもそもなんで読もうと思ったのかわからないまま立ち尽くす。彼の魅力が掴みきれない掴み合い味わいたい。

 

俺はどうもこれからまだ生き続けるらしい。俺が自分で自分をたばかることに喜びを見出す性質の人間ではない限りにおいて。勿論なにかを真にたばかるなんてことがどれほどの難事であるのかについて、俺は充分ではないにせよ少しは思い知らされている。

 

プレイボール。

 

 

オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

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