眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

馬鹿はあたしだったんだな。

窪美澄の作品を読むと胸が苦しくなる。登場人物の苦しみが近いのだ。近すぎて見て見ぬふりが出来ずに、彼(彼女)の思いを直視することになる。遠いようで実は近い境遇にやきもきする。もっと自分を出せばいいじゃん、出す勇気がないから苦しいんだよ。告白すればいいじゃん、できないから悩んでいるんだよ。素直になればいいじゃないか、そんなことしたら好きな人に嫌われてしまうじゃないか。


男と女の間に横たわるなにかを描こうとしている。それがなんなのか一言で表せないから、それでもそれを表現したいから人は物語を作り始めたのかななんて。


もどかしくてもどかしくて息もできなくなるほどもどかしくて、でもなにもできないんだ。いつまでもスタート地点に立っていて、直立不動で眺めているだけなんです。動き出す勇気もないなら、座り込む度胸もないのです。


辛いことから逃げたい、けど、これを乗り越えたら成長した自分に出会えるんじゃないかと思って少しでも昨日より一歩を踏み出して。少しずつ少しずつ、進んでいけばいいんだ。


常々他者からのあとがきは蛇足だと思っているが、尾崎のそれはよかった。彼らの音楽を聴いているときに感じる、人と繋がっていたいというどうしようもなく情けなくもあり希望でもある感情を、窪さんの作品を読んでいると気づいてしまって苦しくなる。絶妙な距離感で人と接したい。そんなのどうせ無理なんでしょうけどね。


よるのふくらみ (新潮文庫)

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