眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

ほんとうは

我慢するために生きているんじゃない。苦しむために生きているんじゃない。お金を稼ぐために生きているんじゃない。誰かの自己満足を満たすために生きているんじゃない。自分を圧し殺してまで、生きていたくない。楽しいこと、心がふわっと軽くなるような瞬間を味わうために生きている。純度100%の笑顔で笑うために、誰かの優しさが毛布のようにふんわりと僕を包んでくれるような幸せが続いていけばいいのに。この世界は罠がたくさん仕掛けられていて、僕はそれを避けるのがへたっぴだから、罠にかかるたんびに落ち込んで、生きていくのが嫌になる。ほんとはね、もっと本音を包み隠さず他人に伝えたいのに、怯えてばかりいる。誰も受け止めてくれないと自分で勝手に決め付けて、傷付かないように予防線を張っているつもり。その予防線でビリビリに自分を引き裂いていることに気付かない振りをして、なにかいいことはあったかい?自分で自分を苦しめている、それを自覚して自分からすすんでうごいていかなければ、何も変わらない。他人任せはぐうたらのやることだ。なんでもいいから、カッコ悪くていいから、うごけ。

自分は間違っているのかもしれない

自分の考えていることが正しいのか間違っているのか、そんなもの考えても分からないんだからぐちぐち考えないで「正しい」と思っておけばいいのに、いろんなことで自分が行っていることが間違っているんじゃないか、それのせいで他人に迷惑をかけているんじゃないかと不安になって夜に押し潰されそうだ。最近は後輩に仕事を教える際に合っているって分かっているのに周りの人に訂正されるのが怖くなって小声で放すようになってしまっている。間違っているなら修正すべきなのは分かっている。でも、自分の言動を間違っていると言われることに耐性がついていないのだろう、そんな場面を想像しただけで吐き気を催す。小さい頃から温室でぬくぬくと育ったつけがここで回ってきたというわけだ。それならこの機会にストレスに耐えうるメンタルを育成するべきなのに、どうもそんな状況から逃げてしまう。傷付くことを過剰に怖れて、成長するチャンスをみすみす失ってしまっているというのに。もうそんなこと考えているといろいろとめんどくさくなって、無にしてしまいたくなる。今存在する厄介ごとから全速力で逃げ切りたい。もうなにもしたくない。そんなこと思っても現状は変わらない明日はやって来る。嫌だ。これじゃだめだとわかっているくせに成長しようとしない自分が嫌だ。あー、明日が来なければいいのにな。

 

 

〈追記〉

さっき本屋さんに行ったら伊坂幸太郎の新作!が置いてあったし、「満願」が文庫化されていたので、とりあえず仕事行く気力が少し湧きました。ありがとうございます。

 

AX アックス

AX アックス

 

 

 

満願 (新潮文庫 よ 33-4)

満願 (新潮文庫 よ 33-4)

 

 

どうしようもなくなる日曜日の夕暮れ時

このまま陽の光が暮れていくように僕の命も無くなって消えてしまえばこの胸をぎゅっと締め付けるような痛みもなくなるのかしら。そうしたら、もう悩まなくてもいいのか、楽になれるのか。これ以上自分で自分を苦しめたくないんだよ。こんなに苦しいのなら、いっそ会社を辞めてさ、逃げればいいんじゃないの。引き継ぎとかその後のこととか、余裕あるやつがやればいいんだよ。逃げろ。

「君の名は。」感想

やっと「君の名は。」を観れました。親から「すごくいいから早く観なさい」と言われていたのですが、ブームになったあとに映画館で観に行くのは恥ずかしいというどうでもいい理由で鑑賞を諦めていたんですよ。今週の水曜日にようやくレンタルが解禁になったので今日の夜に観たんですけど、映像が凄く綺麗で、特に背景が圧倒的な迫力で迫ってきて。あー、これ映画館で観るべき映画じゃんと後悔しながら。内容は小説を途中まで読んでいたのでふんわりとは知っていたんですけど、時間のズレが分かったときのぞくっとした感じ、もうだめなのかと絶望に突き落とされるような心持ちでひやひやしつつもどうにか届いてくれと。結末は伏せておきますが、あれほど世間で騒がれていたのも頷けるほどの良作でした。最後のあのシーンがまたいいんだよな。あとは、劇中で流れるRADWIMPSの曲が凄くよくて。特に「スパークル」なんて鳥肌ものの名曲で、歌詞を噛み締めながら聴き入りました。とにかくこれを観れば夏は間違いない感じですかね。資格の勉強は明日から頑張る。以上です。

 

君の名は。

君の名は。

 

 

ハッピーエンドに憧れて

人生が終わるその時に笑顔でいたい。満面の笑みを浮かべて、やりたいことはやり尽くしたと思えるような人生を送りたい。やりたいことは時に人に左右されがちで、今やっていることは惰性じゃないのか、本当に自分がしたかったことかと問いかける。本を読むことも音楽を聴くことも、僕が僕の意思で選んできたものしか享受していない。合わないとなったらすっと抜けて、違うものを探すようにしている。一生かけても読みきれない聴ききれないものがあるって、すごく幸せなことだ。それをこれからもどんどん吸収していけることはとても幸せなことだ。大変な時期が今週は続いていたけれど、読書と音楽が僕を支えてくれた。これからもどうぞ、末永くよろしくお願い致します。yonigeの2ndミニアルバムがすごくいい。聴きやすいけどきっちりと残すものは残してくれる。ライブが楽しみになって来た。久しぶりのライブハウスでのライブ、はっちゃけよう、平日だけど。

 

かたつむりになりたい

かたつむりになりたい

 

 

考え方が変わっただけ

それしか自分の人生を変える方法はない。他人がやいのやいの言ってきても、「ああ、家庭で嫌なことがあったのかな、それを職場で関係のない人にぶちまけるなんて自分のことしか考えられない可哀想な人間だな」とさらっとあしらっておけばいい。まともに取り合って、「俺ってそんなにくだらない人間なのかな」なんて落ち込むのは時間の無駄人生の無駄。今まで生きてきたなかで多くのくだらない人間に会ってきて、うまく対処できずに一人忸怩たる思いを抱えて苦しんでいたけど、もうそんな辛い思いはしない。中身が伴っていない人間がどれだけ口酸っぱく叱ったとしても、「まずは自分が実行してからにしてくださいね、そういうことを言ってストレスを発散させたいなら」と思っておけばいい。本当にきちんと人のことを思っている人間だったら、なにか言われてもなにくそと反抗する気持ちは起きないし、ちゃんと聞いて実行して自分のものにしようと思える。大切なのは、何が大事なのかってことを自分自身できちんと考えてちゃんとそれを抱えていること。それだけをしっかりと持っていれば、生きていくのは大分楽になる。そういえばyonigeを一昨日から聴き始めたのだけど、声がすごくいい。歌詞も最近の自分の鬱憤を晴らしてくれるような痛快なものだし、演奏もうまい。来週行われるバックホーンとのライブに行こうかしら。今年一番のダークホースかも。

 

Coming Spring

Coming Spring

 

 

我慢しなくていい

無駄な意地は張らなくていいから、もう楽になろう。あいつの言いなりになる必要なんてないんだから。ねえ、もう我慢しなくていい、辛かったことをきちんと伝えよう。

自分を越えてゆけ

ことなかれ主義の私は、わからないことは人に聞かないで放置してしまう癖があって。だって人に聞くのめんどうじゃないですか、それでなんとかやってこれた今までがおかしかったのですね、反省はしませんけど。おかしいな、これって直した方がいいんじゃないのかなっていうことがあったらがんがんやっていくべきなんですよ。なりふりかまわず、新人の切符を振りかざしてわかんないことは聞かなくちゃいけないのですよ。なんで怖じ気づいちゃうのかな。ほんとは家で本を読みながらぎゅっと引きこもっていたい!働くても生活ができるのならそれがいいのだけど、なかなかそうもいかんのですわ。あー、人に会いたくない話したくない仕事したくない。それでも、そんなやだやだの自分を越えていくしかない。しっかりと歯をくいしばっていろよ。

たくさんの夜を越えてきた

もうそろそろで私は26になる。それなのに、子供の頃に思い描いていたキラッキラした魅力的な大人とはかけ離れた猛獣みたいな心を持って日々、自分で自分を痛め付けている。誰も私のことを誉めてくれないならせめて自分が、と思わないでもないが誉めるほどのところがよくわからない。そんなものついているのかよ。上司の圧力や同期の圧迫、後輩の押し上げで心身ともにヒーヒー言っている。のにきちんと救ってあげることができずに呼吸が苦しい。今日だって単調な作業を命じられ、細かなところをちくちくと指摘され、それで動かない頭にむちうってなんとか仕上げたけれど、ここまで丁寧にやる必要なんてあったのか。マニュアルなんかに頼らないで、きちんと上から下へ伝えられるべきだろう。分からなかったらその先輩がいるうちに何度でも聞けばいい。メモなんか取るな、それに頼るな体で覚えろよ。って自分にも言い聞かせているつもりの会社帰りの電車の中は空調が効きすぎていて居心地が悪い。もうこんなことを続けるぐらいなら......なんて思い止まれる私はまだ正常ないきものですか?

そういえば全然ライブに行ってないな

最後に行ったのが今月頭のYUKIのライブで、今月はあとストライプスのインストアイベントがあるだけだ。ライブハウスのあの汗臭い雰囲気が妙に恋しい。8月はももクロのライブとフェスがあるけど、ちっちゃいハコでのライブがない。行きたいのが10月に集中していて、その月は非常に忙しいので困る。土日も潰れるかもしれないし、もしかしてら配置転換なんてこともあるかもしれないから、うかうかと予約を決められないのだ。これがもう少し融通のきく職場であったらいいのだが、突然「来週から九州に行ってくれないか」という不意打ちがあるかもしれないので、あまりうかうかしてられない。最近はようやく勉強モードが戻ってきて安心しつつもこれからだという決意を胸になんとかやっている次第です。取り敢えずは今読んでいる本が読み終わったら読書を控えてその時間を勉強に充てようそうしよう。そしたら本が読めるのが行き帰りの電車のなかでのKindleというなんとも物寂しい読書になってしまうが、成長するためには何かを諦めないといけないので、泣く泣く読書の時間を手放そう。あとはアニメも極力減らして、バラエティも控えて、自分の時間を確保するのだ。余談だけど宮下奈都さんの文体が非常に柔らかくて、これは中学生の頃に読みたかったな。読みやすい。

 

よろこびの歌

よろこびの歌

 

 

仕事に行きたくない

業務が単調でやりがいを感じられないとか、理解できないことが多いのにそれができることが当然であるという風に周りから見られている見えない圧力が息苦しいとかある。でも、一番の理由は苦手な人間がいてその人と関わるのが苦痛に感じるからだ。人間が抱える悩みなんて元を辿れば人間関係に行き着くのではないか。人と接するのが苦手な私にとって、人間世界で生きていくのはもうそれはそれは大変なことで、この25年間人間関係で悩みがない時期なんてなかった。いつだって苦手な人間がいた。なんなんだろうな、どんな人間とも比較的うまくやっていきたいと思うのに、あの人を見下したような態度で迫ってくるつまらないことを自覚していない人間の多いこと。どこのグループに所属しても必ずといっていいほど一人は配属されているんだよ。人間関係で苦しむように神様がうまいこと配置しているのかしら。もうほんとうにやめてほしい。今一番いやだなって思うのが直属の上司で、自分が暇だからってむやみやたらにまとわりついてきて、身体的なことを揶揄してくる。こっちは仕事であたふたしてるときにそんな能天気な悪口を受け流すのもめんどーなのに、人が嫌だとわかっているだろうに、毎日毎日執拗に人のことを詰ってくる。あいつの顔を思い出しただけでもう腹が立ってくる。むかむかして、そのうちに「会社いきたくねえ」となってしまう。ああいう子供じみた人間とうまくやれるような人もいるんだろう。私はとにかくそういった媚びへつらいが苦手で、テキトーに受け流すしかできない。そこまであんたに言われる筋合いはないよ!と思いながら、忸怩たる思いを抱えて明日も働くんだろうなと考えると、一人で家で黙々と作業するような仕事が今後普及していってほしいと切に願います。先ほど千早茜さんの洋菓子店を題材にした本を読み終えたのですが、ページを手繰るたびに甘いもの、特にスイーツと世間で言われている上品なお菓子を堪能したくなってきました。主人公がとにかく頑固な女性で、それでも最後に自分の性格と向き合うチャンスが生まれたことにほっとしました。誰かに言われないと、自分の欠点ってなかなか気付かないものですよね。ねえ、先輩。

 

西洋菓子店プティ・フール

西洋菓子店プティ・フール

 

 

それでも這い上がる

例えば上司に言われたことをやってそれを提出したら理不尽な理由で弾き飛ばされたとき。例えばうっかりミスをしてしまって、やってしまったーと落ち込んでいるときにあいつが鼻で笑ったのがきちんと聞こえたとき。例えば教わってもいないことを試されて、こんなこともできないなんて...と嘲笑されたとき。仕事をしているときに出会う、たくさんの「やめたい」をこらえて今ここで立っている。何度も何度も挫折して、その度に自分を誤魔化してなんとか立って前に進んでいた。だって誰も慰めてくれないから、誰も僕のことを気にもとめずに黙々とパソコンに向き合っているから。だから自分で自分を支えてなんとかやっていくしかなかったんだよ。でもなでもなでもなでもなでもな、上司の理不尽を浴びているときに殺したたくさんの自分のほんとうの気持ちを忘れたくないから、無駄にしたくないから自分を奮い立たせて前に進んでいくしかないんだよ。正直もう成長とかいいよ現状維持サイコーとか思ったりもするけど、でもまだ諦めるには早いんじゃないか。と思い込んで今日も自分を動かしている、動かしていく。いつになったらもっと素直になれるんでしょうね。

夢20170722

ショッピングセンターを女ともだちと廻り、あれがほしいこれがいいかもとなんでもないやりとりを繰り広げる。ディズニーストアだったのかな、おっいいトートバッグがあるじゃんと思って見てみたら3,000円で手頃な感じなんだけど、手持ちがなくて残念。そのあともだらだらとショッピングを堪能して、このあとどーする?お金ないしなーと思って。じゃあ俺のおばあちゃん家にいこーということになる。そして突然の訪問にも快く迎えてくれ、そこでのんびりと過ごす。はー、こうやって日向ぼっこしながらのんびりとするのってサイコーと思いながらとりとめのないことを女ともだちと話して、結構時間もたってしまったのでおいとますることに。おばあちゃんありがとう。ということでおばあちゃん家をあとにして、それからどうしよっか?このまま帰る?それともまだ遊ぶ?というところで夢終了。昨日のストレスが原因で妙にどっぷりと濃密な夢を見ました。

成長しないと死ぬ

絶対的に自分が正しいと思っている人間の言葉など全然聞く気が起きないし、「は?なにを本気になってるの?」と笑い飛ばしちまえ。こうしなくちゃいけないっていうレールなんてないんだからさ、自分の物差しで相手の価値とか勝手に決め付けんなよ馬鹿馬鹿しい。お前に家族のこととかあーだこーだ言われる筋合いはない。上司という立場を使って、こっちが逆らえないことを利用して好き勝手やってんじゃないよ。ただ、「お前、本気で生きてるの?」という言葉には自分の甘やかしている自分を思い出させられて、グッと来てしまったじゃないか。俺、最近なにかに本気で取り組んだのかな?ただぼんやりと、現状維持サイコーとかぬかして腑抜けた生活を送っていたんじゃないかい。将来こうなりたいといった目標を持たないで、そんなんで生きた心地があったのかしら。もっとこう、自分の心の奥底から「自分は今生きているんだ!!」という情熱を忘れないことが大切なんじゃないか。文章を書いている暇があったら勉強のひとつでもして、自分を高めていくべきじゃないでしょうか。とこんがらがった頭のなかで思い付いた妙案を忘れずに今日家に帰ってらすぐに実行することに決めたのだ。あんな上司なんか好かれるために自分の時間を捨てて「えへへへへ」なんてことして自分を殺すことないよ。すすめ。

理想的な家族のかたちなんてない

「森の家」期待してなかったせいもあってか、すっごくよかった。つべこべ言わない、とにかく読んでほしい。もうこんなにもどきどきしながら読書するなんていつぐらいだろう。他人に対して殆ど興味のない人間を嘲笑うかのごとくの表現、畏れ入りました。いや、これの何が凄いかって、主要な登場人物が三人出てきて、それぞれが主役のちょい長い短編があって、それを読んでいるとあのやろーと思っていた人物についつい肩入れしたくなってしまうんですよ。そうか、外から見たらひどく自分勝手な人間に見えるけど、こんなにも繊細な心を持って人間と立ち向かっていたんだなと。現在進行形で人と関わることに億劫さと苛立ちと僻み妬み諸々の感情を抱いて四苦八苦している私のなかにするりと入ってきてしまう、そして知らず知らずのうちに少しだとしても心を動かされていて「明日少しでもいいから人付き合い楽しんでみるようにしてみよう」と前向きに人との接触を考えられるようになったのだ。本を読むことは自分の価値観を覆したり今までなかった発想と出会うために行っている行為であって、この本は自分の価値観を少しでも揺るがしてくれたということで、読み終えたあとに少し自分が変わったような、変えていけるような気がしました。好きな作家さんがまた増えていきそうでうれしいです。尾崎さん、ありがとう。

 

森の家 (講談社文庫)

森の家 (講談社文庫)