眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

不安だから進むのさ

まじめに努力して行くだけだ。

これからは、単純に、正直に行動しよう。

知らない事は、知らないと言おう。

出来ないことは、出来ないと正直に言おう。

思わせ振りを捨てたならば、人生は、意外にも平坦なことらしい。

太宰治「正義と微笑」より引用

 

出来ないことでも、ついつい見栄をはって「いや、できますよ」と言ってしまい、結局できなくて周りに迷惑を掛けるとともに自己嫌悪に陥る。そんな無駄なプライドは捨てた方がましだ。捨てちまえ。分からないなら正直に分からないと申し出て、是非とも経験豊富な先輩方から貴重な意見を仰ごうではないか。何を恐れている、恐れるから物事が無駄に肥大化して自分が押し潰されるのだ。恥を捨ててしまえ、素直に人の話を聞け。自分を頼ってくれる人、きちんとお礼か言える人に対しては(よっぽど嫌われていないか、もしくはその人が少々危ない人でなければ)には好感を持ってくれるはずだから、もっと積極的になってわからないことを質問しよう。それが簡単にできたら苦労はしないんですけれど、質問することも仕事のひとつですよ!と胸に刻み込んで、震える胸を抑えて私は私の無知を少しずつ和らげていく。

即死

ああしなさいとか こうしなさいとか もううんざりだよ
ああしなきゃとか こうしなきゃとか もううんざりだよ
何が正しいか知らない 何が楽しいか知ってる
何が正しいか知らない 何が楽しいか知ってる

ハイロウズ「即死」から引用 

 

他人から押し付けられる物事にろくなものなんてないんですよ、大概が。他人を満足させることに注力してばかりいると、簡単に自分を見失ってしまいます。本当に自分が求めているものが分からなくなり、他人の一挙一動に振り回されてしまい、虚しい気持ちでいっぱいになるんです。

 

他人の目線を気にした時点て、私はうまく動けなくなる。そのような意識を持つことでいい作品を産み出せるという人もいるだろうが、私は悪い意味で意識しすぎてしまうので、他人なんて気にしたら駄目になってしまう。架空のシビアな他人が現れて、そいつが満足するような、失望しないような、そんなものを作ろうとして、それは無難すぎてはっきりいってゴミみたいなもので、そんなものを出力するぐらいならなにもしない方がマシだと思って何も言えなくなる。昔からそうだったし、今もそうだし、たぶんこれからもそうなんだろう。

 

いっそのことこんな私を打ちのめしてくれないか、ずたぼろに。身体的にそれをやられると痛いので、音楽や本をたくさんのみこんで、私の価値観をぶち壊してくれるような作品に出会えることを楽しみにしている。毎日生まれ変わりたい。

地元で生きていきたかった

地元に帰ってのんびりとしている。もともと僕は地元から出たくなかった。出来ることなら地元で就職してそのまま結婚して、老後も地元で暮らしていくんだろうと考えていた。それが私が送る平凡な人生なのだと信じきっていた。就活がうまくいかなくて、たまたま引っ掛かった会社に就職した。そこで実りのない研修を受けて、今の部署に配属されて、一回も満足感や楽しさを感じたことがなかった。むしろ、苦痛に顔を歪めることが多かったようだ。そりゃそうだろう、妥協して入った会社だ、努力してやらないとやりがいなんて仕事に見つけられない。否、そんなあまっちょろいことを考えながら仕事をしたつもりでいたからようやくそのつけがまわってきたというところだろうか。もう限界がきていた。それが本当に限界だったのか、人によっては「そんなんでくたばるなんて甘い」と一蹴されるかもしれないが、私にとってはもうだめだったのだ。いろいろな手続きをして、地元に戻ってきたときに、「もう、仕事のことについて考えなくていいんだ(ほんの少しの間だけど)」ということにとてつもなく安堵した。とにかく休んだ。ただ布団の上でごろごろしていると気分が塞ぎこんでくるので、外に出て美味しいものを食べて、カラオケにいって大声で目一杯歌って、たくさんの本を買って、とにかく文章を読み続けた。ほんとは一週間ぐらいこうしてのんびりとしていたいが、それをしてしまったらもう社会復帰出来なくなってしまうんじゃないかと不安になっているので、とにかく今の会社にけりをつけるために上司と話し合いをすることにした。今こうやって落ちついた頭で考えてみると、今ここで会社を辞めてしまうのは早計なのではないか、まだ自分の可能性を試しきれていないんじゃないか、余所に行ったとしても同じようなことで悩まされて、辞めなければよかったと思うんじゃないかという考えがぼんやりと浮かんできて「辞めたいけど辞めたくない」ような気がしてきた。さて、私はどうすればいいのでしょうか。

お寿司美味しかった✨

お兄ちゃんが出張で東京に来ているということで銀座のお寿司屋さんに行って来ました。2か月ぶりぐらいに会ったお兄ちゃんは仕事が続いていて少しお疲れぎみなご様子でしたが、いろんな話を久しぶりにできてとても楽しい時間を過ごせました。子供の頃からお兄ちゃんとはあまり接してこなくて、肉親ゆえのなんともいえない距離感で今までやってきました(それとは反対にお姉ちゃんとはけっこうコミュニケーションを密に取ってきたんですけどね)。まあぎこちないぶぶんはありましたが、こういう距離感でこれからもやっていくんだろうなという確信にも似た思いを抱きながらもぐもぐと美味しいお寿司を堪能しました。いつもの2倍お金を払ってこんなにもおいしい物がたべられるならこちらの方がいいなと。まあ、今日はお兄ちゃんに甘えたので、次回は私が奢りましょう\(^o^)/明日めんどくせえと思いながらも、お兄ちゃんも仕事頑張っているんだから俺も頑張ろうかなって勇気付けられました。怒られて落ち込んでいるぶぶんはあったけれど、明日もなんとか会社に行って適度にがんばろっとなんとか思えるようになりました。にしても、この時間でも東京は満員電車なのね、やになっちゃうわ。

余裕

昼頃は「早く辞めてえ」と思っていて、仕事に戻ってもなお「辞めてえ」気持ちが持続して気持ち悪くなって、過去の私が犯したミスを先輩に言及されて心がきゅーっとなって、そのあとに嫌いなあいつにつつかれたくないところを抉られて、「よし、がんばろ」と思えるようになりました。プルプル震えながら不器用に私を怒るあいつはこういうのがへたなんだろーなー、いつもぺちゃくちゃしゃべってんじゃねえや、ばーか、とかそんなこと思いながら「はい、はい、そうです、すいません」としおらしい姿を表現して、それでもなお怒りを止めようとせずプルプル震えるもんだから可哀想になってきて、「はい、すいませんでした。ご指摘してくださりありがとうございます!」と従順なペットのようにきゃんきゃんとしておきました。人を追い詰めるならもうちょっと確証のあるものを複数用意しておかないとだめだよと思いながら、今この会社を辞めたらあいつに見下されるのか、それは後味が悪いし納得がいかないので、もうしばらくは様子を見ることにします。スピード重視のこの世の中に中指をたてていく。そして明日は来なくてもいいよ。

結局どうすればいいのかわかなくなってしまった話

昨日の夜はあれだけ「頑張って仕事を覚えよう!」とはりきっていたのに、、、。今思うのは早く辞めて自分が自分らしく生きられるような環境に身を置くことが大切なんじゃないかということ。自分を圧し殺して平日の大半を仕事に費やして、その疲れが癒えないままに一日が終わって、休日は仕事の悩みで暗い気分であっという間に終わって、それがあと40年も続いていくなんて、、、。続けていく元気が今の私にはないです。外を歩いているときに、このまま車道にふらっといったら......楽になれるのかな......なんてたまに思ったりして、そんなことを考えているときって心がとても落ち着くんですよ。全てから解放されたい。いいこともあると思うけど嫌なこともあるんならこのまま歩いていてもね、って悩んでしまう。今の会社が合っていないのか、そもそも社会人というものには合っていないのか、悩んでも答えが出ません。どうしよう。

便利っていいことなのか?

インターネットが自分にとって珍しかった時代は、対話できる相手が非常に限られていた。それに小学生だと行動できる範囲にも限りがあり、多少背伸びをしたとしても学外のサークルの他校のお友だち程度(文通とかもっと積極的な所に所属していたら話は変わってきてたかも)。その頃の狭い空間に比べて、インターネットが普及したせいでこんなにも簡単にどこに住んでるのかもわからないどんな人なのかもわからない人とコミュニケーションを取れるようになった。それがいいことなのかどうかは場合によって変わるだろうけど、小学生の頃の自分が知ったら驚いてその世界にはまっていたんじゃなかろうか。今は人との距離に一定の間隔を持たせることに成功しているが、あの頃は親しくなったことはべったりとくっついていた。くっつかれていた方はさぞかし窮屈だったんじゃなかろうか。

 

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ブログという、非常に自由度の高い遊戯を駆使して自分の考えていることを世界に駄々漏れさせたり、はたまた遠い所に暮らしている人の一日を覗いてみたりできるなんて、一旦冷静になって考えてみるとやっぱりこれって本当にすごいことじゃないですか。こんなことが容易にできてしまう現代に恐れを感じつつ、これからもこの便利な道具を使わせていただきます。

ここで終わってしまうのかい?それとも始めてみるかい?

情けない。この一年間私はいったいぜんたい何をしてきたのか。ただ黙々と人に任された仕事を何も考えもせずマシーンみたいに淡々とやってきただけなのか。そうなのか。物事に疑問を持たないで作業だけをこなしていたらそりゃ悩まずに済むから楽だけど、そんなやり方で仕事をしていたらどこかで壁にぶち当たってどうにもならなくなるよ。まさに今ですよ。いや、気づいていないだけでとっくの昔に手遅れになっていたんです。それに気づくのが怖いから知らんぷりを決め込んできたんだろ、はっきりしろよ。自分が手にしている知識が正しいのかどうかわからないから、後輩に教える際にもつい小声になって周りの人に自分の醜態を晒したくないんだろ、なあ。情けない、我ながらこんなにも自分が考えないクズ野郎だったなんて認めたくない、けど正面から自分のクズさに向き合わないと変わらないぜ。今がチャンスだって逆に思えてこないかい?今変わらないで、いつ変わるのよ。

 

なんて文章をずいぶん前に書いていたんでしょう、あの時から全く変わっていないです。この文章を書いている今この時、私は自分の不甲斐なさに打ちのめされているとともに、これからどうするよ?後輩にすぐに抜かれちまうぞ?同期なんてはるか彼方に行ってしまってもう肉眼では確認できないぐらいになってしまったじゃないか。なんで立ち止まっているんだよ。こんな文章を書いていないで、なぜ今まで仕事に対して興味が持てなかったのか、どういったことに対してどのようなアプローチをしていけばいいのか、それを自分の頭で正気が保てなくなるほど考えなくちゃいけないと分かっているけど、せめてこの文章だけは書かせてください、気持ちの整理をつけたいから。

 

さっきまでジムで運動していたんですけど、体を動かしているときって頭ン中がクリアになるじゃないですか、それを利用していつも考えられないようなことを考えてやろうと思って体を思う存分扱いてしたんですけど、考えているうちにだんだん気分が暗くなってきて、途中から涙目です。泳いでいたんで周りの人には気づかれていないと思うんですけど、そんなに?ってほど虚しさやるせなさがこみ上げてきて、どうにもこうにも気持ちを抑えられなくなって。ついさっきまでやってた今日の仕事何やってたかなって思い返していたんですけど、何していたのかすぐに思い返せなかったんです。自分がきちんと考えて行動していないから思い出せないと思うんですけど、俺ってなんにも考えないで業務に取り組んでいたんだなって恐ろしくなって。なんだこれって気分ですよ。こんなにも自分がどうしようもない人間だったなんて、ですよ。そりゃ今まで考えることが求められてきたかっていうと殆どなかったからその姿勢を踏襲しているのはまあ考えられるんですけど、こうやって周りから考えて業務に励むってことが求められているのにそれをやらないという怠慢。ああ情けない。学生の頃のバイトはひたすらに同じことを繰り返す、頭を使わないでも体が勝手に動くようなことをしていたんで、考える音に慣れてないんですよってそりゃ甘えですよ。

 

今までよく怒られてこなかったなって逆に不安になりますよ。自分に期待しているからなのか失望しているからなのか。たぶん後者です、雰囲気からわかりすぎてしまって居づらい。早くどっかに異動にならんかな、いやそんな他人任せなこと考えとらんで自分から動けばいいじゃないか、嫌ならグチグチ会社の悪口を言ってないでさっさと新しいところに行けばいいじゃない。でも、そうやって考えるのは簡単ですけど、それをいざ行動に移そうとしてみると、お金の事とか世間体の事とか考えだして、足がすくんでしまうんです。せめて実家に暮らしていればある程度親にすがることもできるんですけど、こんな遠いところまで来てしまったんでなかなかそんなこともできるわけもなく。最終的になんでこんな状況になってしまったのかなとぼんやり考えてみたんですけど、人とのコミュニケーションが下手すぎて、失敗するのが怖いから嫌われるのが怖いからじゃあ自分から行くのはやめようって考えてそのように行動してきたツケがようやく利息付きで回ってきたんですよ。そう考えると、今までなんも考えずに生きてこれたことに合点がいくとともに、今の苦しさにもなんとか納得できなくもない。小さいころから人と話すように自分に仕向けていれば、違う人生を送ることができたろうに、ね。

 

考えるべきことは、業務の意味を考えること。例えば、この作業Aをすることによって業務Bにどのような影響を与えているのか。孤立して存在している業務なんてほぼない、どこかしらで何かとつながってるはずなんで、まずはその関係図みたいなのを自分の頭の中にイメージできるようになるまで何回も反復して考えること。んで、どうすれば業務の効率を上げることができるか。また無駄なことをしていないか。基本的に分からないことは自分の頭で考えても分からないです、先輩にさっさと訊いて解決して次のフェーズに進みましょう。あとは先輩の行動を見て使えそうなものは盗む。そして、休みの日も少しは仕事のことを考えて頭を鈍らせないこと。そんぐらいかな、思いついたら追記しておこう。

 

すぐに変われるとは思っていません。少しづつ進んでいくしかないです。先輩から「あれ、まだそれ分からないの?」って蔑んだ目で(自意識過剰か?)言われることが心にどれだけの悪影響を及ぼすか、そのような私は仕事ができない奴だって思われている雰囲気を感じながら半日以上もその空間に身を任せていると、遅かれ早かれダメになるんで、早急に対処していきます。やっぱりパソコンで文章を書くときとスマホのときとは書く心持ちが違うし筆の乗りも違うから、たまにこうやってパソコンで文章を書いてみるのもいいもんですな。でも、以上の事ってめんどくさいなやりたくない。って今まで逃げてきたから未だにこんなところでぐるぐる回っているんですよ。進め

逃げるなよ

甘えていた。ここまでやればオッケーと自分で勝手に決めつけて、周囲の私の働きぶりに関しての思いをあまり鑑みないでやってきた。自分がうまくやれればいい、自分さえよければいいというあまちゃん思想の上に胡座を掻いてきた。やんわりとそのことを先輩から注意されて、自分は甘えていたと思い知った。

 

基本的なことを理解しないまま、自分のなかに染み込むまで考えずにその場その場をしのいで、基本さえ押さえておけばわかる少しイレギュラーなことが起こるとあたふたしてしまう。日頃から教えられたことをそのまま受け取ってしまったせいで、こんな状況に今置かれているんです。早くこんなところから抜け出して、会社をサポートできるような戦力になりたいの。

 

一日に何をすべきか、一ヶ月に何をすべきか、半年で何をすべきか考えて、そっから逆算して一日のスケジュールを立てて今何をしていなくてはいけないのかを、何を終わらせなければいけないのか、その辺の考えが全然できていなかった。ばかちんが。

 

今年に入ってから、(さっさとここを辞めて今囚われている業務からオサラバしたい、てか難しくて何をしているのか分からない、もっと簡単な作業だけをしているような状態になりたい)と切実に思っていたけれど、そんなんじゃ次に行くところでも同じ悩みに囚われるだろう、今のままの業務に対する姿勢だと。あまちゃんから頼もしい社会人に変わるために何をすることが求められているのか考えろ。周囲が早く与えたいと思っている業務も自分に回ってこないで課の業務の循環が悪くなってるんだで、その辺をしっかりと頭に留めておくんだで。

どうせまた明日が来るんなら、いつまでも俯いていてもしようがないので

明日からまた仕事が始まると思うだけで無性に落ち着かなくなって、とりあえず喉の渇きを潤そうと思って新しく出てたジュースを飲んでいて、ああこのままジュースを飲んでて人生がふわっと変わらないかなと訳のわからない妄想に取りつかれてしまっている。いやだいやだいやだよー。どうして皆そんな平然とした顔で前を向いて生きていけるんだい。何事もないような、そんな表情ばかりの人に囲まれていると、自分がすごく弱い人間に思えてきて情けなくなるよ。

 

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昨日今日とアナログフィッシュのライブを新代田にあるFEVERで見た。二日間かぶりなしのセットリストで演奏してくれて、特に初期の頃の曲はライブであまり聴いたことがなかったのですごく感慨深かった。彼らに出会ったのは「スピード」という、私が小学生の高学年の頃に出会ったもので、それはNARUTOという人気が爆発していたアニメのエンディングテーマであった。その曲のボーカルを務めていたのがエモーショナル佐々木で、非常に暑苦しいバンドであるなあというのが第一印象であった。それからは特に聴くことはなかったが、震災のあとに発表されたアルバムに入っている「PHASE」がものすんごくよくて、新しい世界を開いていこうという気概が存分に感じられて、閉塞していた私の心に風穴を開けてくれた。

 

それからはアルバムが出るたんびにこまめにチェックして、ライブもちょくちょくいくようになった。そのなかでも昨日と今日のライブは別格によかった。凄まじい熱量で山場の曲を畳み掛ける場面はわくわくが押さえきれずについついガッツポーズを決めていた。これからは音源製作に集中するためにライブは当分やらないそうだが、次に発表されるアルバムがどんなものになっているのか今からわくわくしてる。本当に良きライブでした。ライブ中は(ああ月曜日からまた仕事じゃん、やらなくちゃいけないこといっぱいあるし伝授しなくちゃいけないこもたくさんあるのに、それをうまく伝える技量に欠けているからそわそわしてしまう、なんでこんなにも伝えることがへたっぴなんだろいやだないやだ行きたくねえ)とうじうじしてたんですけど、「PHASE」をやってくれたあたりからさっぱりとした心持ちになれて、「なるようになるしかないんだから、今悩んでいてもしょうがないじゃないか。今できることをやるしかないんだ」と前をようやく向けました。家に帰ったら早速音読を始めてみます。ライブに行ってよかった、ほんとに。


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なぜどうしてこうもうまく生きることができないのだろう

高校三年生の秋、受験勉強も仕上げの段階に入ってきて教室は殺気だった空気に満ちていた。私ももちろん勉強はしていて、なんとか国立に行けないかともがいていた。だが、勉強よりも大事なことがあってそちらの方に多くの時間を注いでいた。音楽を通学の行き帰り、家に着いてからは勉強のBGMにかけていた。途中からBGMからカラオケになり、勉強そっちのけで全力で歌っていた。隣からはどんどんと壁を叩く音が止まなかった。

 

あのとき、音楽はとにかく私にとっての正義だった。学校での嫌な出来事や、家庭でのつまらないいさかいなどで疲れきった心をアカルイヒカリで音楽は照らしてくれた。その頃によく聴いていた音楽は今聴くと当時の思いとか匂いが想起されて、今とのギャップにぐっとくる。今も音楽は飽きもせずに聴いてはいるけれど、あの頃の熱量で聴くことができるほど私は若くなくなってしまった。当時繰り返して聴いていた音楽は今でも同等の価値が私にはあるのだが、あの頃ほど私は元気がなくなってしまった。元々元気なんて言葉が似つかわしくないほどおとなしい人間であったが、今は呼吸をする家具みたいな存在だ。

仕事から離れてしまうと、あのときの痛みが遠い過去のように感じられて、私は努力を怠ってしまうようだ

最近は仕事のことばかり書いていて飽きてきたので、今回は久しぶりに昔を振り返ってみます。といっても、まだ生まれてきて20数年しかたっていない人生経験ペーペーの私には人に語れるほどの立派な過去なんてないんですけど、なんとかそこを絞りだしていきます。

 

大学生の頃は何もかもがなかったけど、何もかもがあったような、自由度が異常に高い生活を送っていました。人生最後の夏休みなんていいますが、毎日が自分の好きなことをできる限りできていて、少しは不満とかもあったけれど今と比べるとホントに可愛いものでした。俺が誘った女の子を同じ部活の子に奪われて恋人にされたり、バイト先でちょっとしたミスを叱られて怒られたり、本当に些細なことで一喜一憂してました。今なんか心が不安にならないようにできる限りローテンションで生きるように努めております。それでも、最近はプチプチと嫌なことが底から浮かび上がってきてチクチクと私の心を蝕んでいっているのが辛くて、なんでこんなにも嫌な思いをしなくちゃならんのだと考えた末に、自分が人に物事を伝えるスキルが無さすぎて仕事を円滑に進めていなかったのだなという結論に達しました。前回のエントリで書いたんですけど、言葉を躓かないでスムースに伝達できるようにするために、難解な文章を音読して口のストレッチをしてみたり、あるテーマで三分間話したものをレコードして、どのような所が話の欠点として挙げられるのか(例えば、会話途中で無意識に挟まれる「えー」などの場繋ぎの言葉を無くしてみたり、結論を初めに話してからその結論に至った理由などを列挙していくとか、余計なことは言わないようにするとか)、それを無くすためには日頃からどのように気を付けていればいいのかを考えてます。昨日の夜、仕事から帰って来て自分の会話ベタを直すために小一時間ほどそのようなことをしていて、少しではあるんですが滑らかに話せたような気がして、嬉しかったんです(*´∀`)今日も練習をしようと思って朝早くに起きたんですけど、テレビの誘惑に逆らうことができなくて、仕事で疲弊して平日に見れなかったアニメとドラマをけっこう見ることができて満足はしたんですけど、いざ苦しい場面から一時でも逃れられるとすぐにその時の痛みを忘れて愉悦に逃げてしまう自分の弱さを思い知らされました。

 

学生の頃のエピソードを書くつもりだったんですが、結局は最近の悩みに話が変わってしまいまして、本当に真剣に悩んでいるんだなと思うとともに、やっぱちょっと仕事ってめんどくせえよと思う土曜日の午後なのでした。あと休みが一日半ある幸せ。

結局のところ自分を変えたいんだったら、自分が行動しないと何も変わらないんだよな、っていうのに改めて気付かされた話

今日は何度も仕事を辞めたい、ここから今すぐ抜け出したいという気持ちがせりあがってきて、途中でその気持ちが強くなりすぎて気持ち悪くなって叫びだしたくなった。私がこんなにも追い詰められている理由は、上司に理不尽に叱られていることでもなく、業務の量が多すぎてそれに呑み込まれそうになっていることでもなく、ただただあのこが私を強く詰るのであった。同期のあのこが、仕事ができない私を監視して、うまくできないときにため息をつきながら「そんなことじゃきちんと業務の引き継ぎができないじゃないか、上司の許可をまだ貰っていないのにその資料を進めるのか、もっと分かりやすく話さないと理解できないだろ」とやれやれといった風情で私の心をザクザクと刺すのだ、冷たく尖った刃で。いたいいたい。言ってることは正しい、一分の狂いもなく合ってます。でも、わかってはいても(もしくは分かっていないのかもな)それができないんですよ、頭がそんなに素早く回転してくれないんです。教えられましたとも、はい、でもそれを寸分の狂いもなく再現できるほど私はできた人間じゃないんです。そんなに器用に立ち振舞うことができないんです。そんな気軽に周りの人と話すことができないんです、放送コードぎりぎりの悪態なんてつけないんです、そんなものつきたくないし。いや、それにしても彼から醸し出される圧が強すぎて、もう私は自分を表現することを避けるようになって、ぎりぎり水面に顔を出している鯉のようにぱくぱくと無様にも必死に呼吸をするしかないんですか、どうなんですか自分。こんなことばっかりつらつら書いていないで、一人でも多くの人と喋って、話すことに慣れろって話なんですけどね。先程私が業務上で後輩に話さなければならないことをレコードしながら話したんですが、後で聞き返してみると内容が支離滅裂で一体この人は何を言いたいの?何を伝えたいの?迷子になっちゃったのかな、おうちはどこ?おとうさんおかあさんはどこ?ってぐらいにぐちゃぐちゃでした。試しに自分の得意分野のことでも試したんですけど、試したんですけど、話が逸れる逸れる逸れる。最終的に何が言いたかったのか自分でもわからない始末です。自分の会話能力はひどいんだろうなと腫れ物を触るみたいに今まで見ないようにしてきたんですけど、ここまで酷かったんですね。今までよーわからんことを垂れ流してしまってすいませんでした。でもこんな私の濃霧のなかに浮かぶ貧弱な小鳥のような会話をうまく解読して、何を伝えようとしたかったのかを把握してくれていた諸先輩方には頭が下がりません。でもですね、何回か同じ事をうまく言おうとやっているとですね、少しずつではあるんですけど頭のなかで構築したものがうまく外に出やすくなってですね、そしたら頭のなかも同時進行ぐらいの勢いで少しずつ整理されつつあり、ちょっと明瞭になれたんですね。うれしかったです、本当に。ほんの少しではあるんですが、なんとか話せるようになるんじゃないかってほっとしましま。渋滞の起きないような綺麗な思考発露はまだまだ遠いのかもしれませんが、アカルイミライが見えてきたということが私にとってどれだけ救いになっているのかって、もう本当に筆舌に尽くしがたいんです、今の私では表現できないぐらいに嬉しいことなんです。これを読んでいる好き者のあなたにこの気持ちを少しでも知ってほしい。正にかちかちに固まった自意識過剰から少し解放された気分です。そろそろ言いたいことが曖昧になってきたので、今回はこれぐらいで抑えておきます。嬉しいなあ(^-^)

今さらの今さらの今さらの話

私には人間とのコミュニケーションが足りていなかった。圧倒的な対話の欠如により、人と意思疏通を図ることが大変重要になっている現在の状況に苦しめられている。孤立無援。自業自得。私が入社前、いや人間生活を始める前にするべきことは、たくさんの本を読むでもなく、あらゆる音楽を聴くでもなく、種々多様なアニメに耽溺するでもなく、人と話すことだった。

 

小さな頃から人と話すことを避けてきた。一人で遊ぶことを選び、誰かとコミュニケーションを取りながら何かをするということを怠ってきた。だって一人でのんびりとしている方が楽だったんですよ、私にとっては。でも、自分の頭のなかにあるものを外に吐き出すことをあまりしてこなかったせいで、小学生以降の自分の生活はけっこう苦難を強いられることになりました。

 

人前での発表を任せられたとき、その事実から逃げ出したくなって、本当の自分をさらけ出すのが怖くて(認められるということに極端に重きを置いていたんです)、道化を演じました。へんてこりんに、言行不一致や違和感のある間の取り方を駆使して、なんとかその場はしのげました。今思うとそれがだめだった。そこで挫折して、うまく人とコミュニケーションを取れない自分を恥じて、必死に練習をしてある程度まで話す力みたいなものをつけておくべきだったのに。さっきから後悔ばかりで情けなくなるんですけど、それが今までの私の生き方だったんです。そこを認めた上で前に進んでいくしかないんです。

 

今、自分が携わっている業務の引き継ぎをするために頭のなかにあるものを伝える場面があるのですが、頭のなかでうまく整理できていないことが分かりました。そりゃ、まとまっていないものをうまく伝えるなんて大変なことですよ。まずは頭のなかを整理して、業務の内容を客観的に把握することです。その業務がどのような内容なのか、それをすることによって他の業務にどのような影響を与えるのか、それをするにあたって障害となっていることやより早く進めるための改善点などをきちんと頭のなかでまとめて、それからアウトプットするという手順を踏まないと、そりゃ説明する段になってあたふたしてしまって、先輩から「もっとうまく説明できないのか。まずは自分の頭のなかで整理することだな」と冷ややかな目を伴って言われるわけです。

 

コミュニケーション不足や自分の頭で考えることを怠ってきたツケが今深刻に回ってきて、正直全てを無にしてしまいたいと何度も思います。でも一度ここで諦めたらもう再起不能になってしまうんじゃないかと危惧したり、今が踏ん張りどころなんじゃないかって、そう思うんです。なので、日頃から頭のなかにあるものを相手に伝える機会を増やしてみたり、頭のなかにある事を相手に伝える伝わるように整理して見たいと思います。こうやって文章を書くことによってもその練習になると思うので、毎日欠かさず続けていきたいと思っておるのです。今日もなんとか生き残れますように。

仕事なんか生きがいにするなよ

お金をもらっているんだから、会社のために働くということは至極当たり前のことに思える。そうなんだろう、そうなんだろうけど。こんなところで毎日毎日、くだらない愚痴を吐き出している自分がちっぽけな人間に思えてきて。仕事ができないならなんでできないのか考えて、行動しろよ改善しろよって思えてきて。できないのは慎重さが足らないことと、分からないことに対して興味を持たないこと、分からないまま放っておくから前に進まないんだろ。分かっているのにそれからは目を逸らしてさあ、できないできないあいつが悪いんだって、私は我儘な子供なのですか?子供なんですね、分かりましたよ。

 

 

やるべきことは自分が任されている仕事を把握すること、後輩に仕事を与えるときに分かりやすく伝えること、任された仕事の期限は必ず守ること、ミスがあったらそこから学ぶことただ凹んでいるだけでいないこと、同期に怒られても平静を保って盗めるものは盗むこと、上司のいじりをありがたく思いできる限り笑顔で答えること、今一度自分が学んだことをきちんと整理して人に分かりやすく伝えられるようにすること、常に仕事の最短経路を考えて行動すること、まず仕事の道筋を考えてから適宜軌道修正しながら仕事を進めること、分からないことがあったらすぐに人に聞いて疑問を解消すること自分のものに落としこむこと、定時に帰れるように一日のスケジュールを無理のない範囲で構築すること、どんなにつまらない雑務でも丁寧にかつ迅速に遂行すること、周りの状況に目を配りながら動くこと、分からないことを恥ずかしいことと思わないことそれは恥じゃない聞かずにわかったふりをするのが恥なんだ、前のめりになりすぎてるなと思ったら少し休憩して態勢を整えること、仕事を任せられたら期限を聞きやばくなりそうになったらすぐに助けを呼ぶこと、雑談をこまめにして仲良くなって仕事をするさいのコミュニケーションを円滑にすること、どんなに疲れていたとしても仕事は丁寧にやることやっつけでやらないこと、書類が出来上がったら大丈夫だと思っても再度確認すること、仕事は仕事と割りきってやることも重要、今この仕事をしているお陰でお金を貰えていること好きなものが比較的自由に買えていることをたまには思い出すこと、誰かに褒められることを求めるのではなく自分が自分を褒めてあげること、他者の評価に重きを置きすぎないこと、なんとか生き残ること。以上です。