眠たげな猫の傍で

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眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

もうビールなんか飲んでいる場合じゃないっすね。

生きていくうちに勝手に自分で決まりごとを作ってそれに縛られて生きている息苦しいわ。一所懸命に働かないと周りに嫌われて馬鹿にされて死んでしまう!死なないよ。嫌われてもいいじゃん好かれる努力したのかよ?好かれるために努力する必要あるの?それって才能なんじゃないですか?今日も仕事がうまくいかなかっただからといっていつまでも暗い気分引き摺っているんじゃないよプライベートの時に仕事の辛かったこと再上映してる暇あるならその時を楽しむために集中しなきゃだめじゃん。太宰か芥川が言ってたけど、本当に満足のいく日なんて生きてて1日か2日あればいいほうだなんていやいやそれなかなか辛くない?他の日は不満を抱えながら生きているってことでしょ。毎日とは言わないけど、3日に2日は一日の終わりに「楽しい一日だった」と言えるように過ごしたいから。一秒も無駄にしたくないんでこっちは、そこのところは妥協したくない。美味しいもの食べて、面白いものを味わって、笑顔でいられる時間が長かった一日を何個も積み重ねていきたいんだよ、後ろを振り返って「あああ、俺はなんであのときこんなことをそんな風にああしてしまったんだろう、ううう」なんてしてる時間なんてないんです、そんなことしてるぐらいならどうすればよくなるのか考えろ。

暗い気持ちがやってくるのは

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪いの最新巻を読み終わってしまった。主人公の下衆さが巻を重ねるごとに薄らいでいっているのに周りのくずっぷりがいい塩梅で炸裂していて、今回も一気読みしてしまった。ほんとにこの漫画おもしれえわ。何回読んでもどことなく切ない気持ちになれるし、少しほっこりできるんだよな。主人公の周りのキャラが勝手に暴走を始めてしまうパターンともこっちが相変わらず周りを見下した目で見るけど少し優しくされたら「そんなんでもなかったわ」と思い直すパターンが好きで、他にも弟が絡んでくるのもツボです。次巻出るのが今年の冬とか、その頃に俺はどこで何しているんだろ。どうか楽しい日常を送っていますように。そろそろあらゐけいいちの新作を買って読みたい。

 

 

 

日々はただ過ぎていく

やることがないと辛いもので、時間が過ぎるのがものすごく遅くなる。仕事してるふりも限界を迎えて、誰か私に仕事を、という気持ちを持ちながらものんびりとコーヒーを飲みながら周りを見渡す。急いで何かを打ち込んでいる人、誰かと楽しそうにお喋りに興じている人、紙とにらめっこをしている人、あわただしく誰かと電話で繋がっている人、そして私と同じようにのんびりとしている人。そうさ私が社内ニートなのだ。

 

 

やることがあるときはそこから何かを学べるし、時間もあっという間に過ぎるし、程よい疲労感と心地よい満足感に心が満たされて充実した(つもり)一日を過ごせるのだ。それがどんなにちっぽけな仕事でも、一所懸命に打ち込めば何かしら得るものがある。ひとつひとつ、丁寧に物事と向き合っていきたいのに、周りが急かすからさ。もう、急がなくちゃいけないのはわかっているよ、わかっているけどさ。もうちょっと考える時間をくれないか?

ゆるゆるでいつも生きる

たくさん本を買い込んで、一ページも読まずに人生を全うする。読まれるはずであった物語を置き去りにして私は今いる場所からそっと離れる。いやな人間からそっと離れて、ひとりのっそりと田舎で暮らす。想像していたよりかは不便なところもあるだろうが、それもまた楽しみに換えていく。不便になれた頃に、都会は都会でよかったもんだと物思いに耽る。そういうときはのんびりと熱々のブラックを飲んで、遠く彼方へ飛んでいく鳶の群れを眺めている。明日の事はなんにも考えないで、目の前のことばかりを考える。今日のことしか考えない、今日死ぬ覚悟で生きる。なんたる贅沢。明日の自分は明日の自分に任せておけ、今の自分は今の自分で精一杯なのだ。溜め込んでいたお金を少しずつ切り崩していく生活、働かないのでいつかはお金が底をつきる。その前にまた都会に戻って、窮屈な生活をもう一回やるつもり。で、ある程度のお金が貯まったら違う田舎にひとりとことこと移り住んで、またおんなじのんびりした暮らしをするつもり。そんなことを考えているだけで、今の圧し殺した自分が呼吸をしやすくなる。たまにする、息抜き。

2か月前の仕事の悩みの備忘録を振り返って

・同期がすいすいと業務をこなしていくのに比べて自分は.......という自己嫌悪

あれ、あの子はあんなにやっているのに、それに比べて君は...という被害妄想(でもないな)に苛まれる。そんなこと気にする必要はないと言われても、そうだよな自分は自分だよなと思っても、気付いたら比較が始まっているつらっ

 

・同期の自分に対する冷たい目(仕事遅っ)

 

・上司の絡み

 

・雑な引き継ぎ、上司の質問でわからないからの先輩に聞きに行こうとしても忙しそうで聞きづらいそれでどうしたものか今日中に答えろと言われていたのにともじもじしてたら一日終了→仕事出来ないやつの烙印が押されました

 

・上司に対して無駄に緊張すること、まずは直近の先輩に聞いてから来いと言われてもその先輩が頼りない
そもそも自分が頼りない

 

・雑務全般が自分に回ってきて、頭を使って作業することに時間が回らないのは自分の要領の悪さ、物事の優先順位がわからなくてとりあえず目の前にあるものを片付けていこうとしてたら先輩に「それは後回しでもいいんじゃないの、今やるべきことをやるんだよ」と言われても、わからない、教わってないというのは甘えなのか、そのようなことを考えられるようになるのは自分一人で見つけるものなのかどうなんだ

 

・作成した資料を提出するさいに、上司の状況を確認して行けそうなときに行くのを考慮するのがめんどくさい
気分次第で仕事の判決を下すのやめてください

 

・もういろいろとめんどくさい

 

・山のなかとか、人がいないところで一人黙々と自分が生きるために必要な最小限のことをして、自分を楽しませるために生きたいけど今の中途半端な生活にしがみついていかなくちゃいけないという強迫観念

 

・人から嫌われたくないという邪念、来年になったらどこにいるのかわからないのに今の状況にしがみついて生きるのは無駄

 

・困っているのに周りに助けを求めることをよしとしないちっちゃなプライドを捨てたい
つらいことをつらいと言ってはいけないと自分で自分を縛り付ける

 

・周りとうまくコミュニケーションが取れていない、てかあいつが新人離れしすぎやろ、ぎこちない会話ばかりで自分が嫌になる、山に行きたい、そこで動物と対峙して自分という人間を見つめ直したい
そこが空っぽだとしても

 

・目先のことばかりに注目して、長期的な考え方ができない

 

・会話でとっさにうまく反応できないときにちっちゃな嘘をつくこと、もうちょっとゆっくり考えながら話したい、なんでそんなに急いでいるんだろ、ゆっくりしたいんだよ

 

・人の間合いとか気持ちとか考えるのがすごく下手です今までそんなことしなくても生きてこれたことにびっくりしたわ大人って大変だなあ(遠目

 

・ストレスをただぼんやりと頭のなかで飼い慣らしていると、解決策を考えないままにいつまでも同じ事をぐるぐると考えがちで生産的ではないことに気づきました、こうやって文章にして思いを明文化することで今自分が置かれている状況を客観的に見れる、ことで冷静になってそんなに大した悩みでもないななんでそんなに苦しんでいたんだろと思えるようになるので、悩みはこまめに文章にしましょうと戒めておきます

 

・毎日ノー残業デイでいいです、そしてそれに見合うだけの仕事量だけを振ってください

 

・おもしろいことを言おうとする→思い付かない→何も言うことがない→他人とのコミュニケーションを積極的にとろうとしない→詰む


おもしろいこと、笑えるようなことを言おうなんて思うから何も口にできなくなるんだ
なんでもいいから、自分の思ったことや最近のニュースとか、人に話しかけてみたほうがいい


ただそのような何気無いやり取りに対して意味がないと判断してしまっているから、そんなことしゃべっていても何も進まないじゃないかという気性のせいで話しかけようという気が起きない。黙っているほうが楽だよな、失敗することはないから。まあそんなことしてたら気付いたら一人になっているんだけど。今までのそんなに長くない人生でそれをどれだけ味わってきたことか。全然学習しないなあ

 

〈3月現在〉

上司に対する緊張はなくなって、少しぐらいは冗談を言えるようになった。まあ、下手な冗談ばかりなんですけどね。あと、同期からのストレスは相変わらずなんですけど、あのこはあのこ自分は自分と思えるようになってきました。最近の新しい悩みは後輩が自分でガンガン勝手に進めていくので、それを止めて「は?」みたいなリアクションをされるのがめんどい。まずは人の話を聞いて、それから行動しような。周りとのコミュニケーションは全くといっていいほど取れていないですし、それがけっこうなストレスになってます。普段から会話をしていないと、質問する際の心のハードルってすごく上がりますよね、分かっているんですけど変わらない変わろうとしない。そして、よく分からないことに出くわしてもなんとか自分一人で出来ないかと試行錯誤して時間を食ってしまう、いたいなあ。雑な引き継ぎは相変わらずですよ。もうちっと業務を教える際にしっかりとサポートをしてくれていると全然違うんじゃないんですか(投げ遣り

 

ということで上司への接し方がなんとなく分かったことと、諦めがついたということで、あと少しなんとかやっていきます

ようやく気付けたことに、人生には波というものがあってそれは高いときがあれば低いときもあるということがある。私は今の状況を絶対的なものと考えてしまいがちで、明日になったら立場が変わっていたりするというような想像まで気が回らなかった。そうなのだ、どんなに暗い気分の時だって一時間後も暗い状態が続いている訳ではないし、その逆も然りで、つまりは今の状況は自分の人生の全てではないということだ。この考えって辛い状況に立たされているときはなかなか思い付けないもので、この辛さはいつまでも続くーと思ってしまうのだ。でも同じ気持ちがいつまでも続くわけではなくて、ちょっとしたきっかけで一転するなんてことがこれまでたくさんあったことを私は忘れがちだということを忘れないでおこうと思う。さっきまで自分は簡単な仕事も出来ない出来損ないの人間だ、明日が明るいはずはないと暗い気持ちの水で溺れていたけど、冷静に考えたら別にそこまで出来ないわけではないし、慣れていないだけ、まだ経験が浅いだけだわとか明日が終わったらまた開放的な2日間が来ると考えたら明日はまあそうだなあ気楽にやっていこう、そう人生は気楽にやっていこう、自分にはそういう気分で日々を生きていくことがちょうどいいのだと、ようやく思えるようになりました。楽になった。たまには本の感想でも書きたいな、最近全然読めてないけど。

 

ないならないなりにやっていこう

今週から本格的に後輩に仕事を引き継ぐ作業が増えてきて、自分のやることがなくなってきている。今まではすごーく暇なときは書類の整理をやってれば時間は結構早く過ぎてくれたが、それらの雑務を彼らに渡してしまって、私にやることが殆どなくなってしまった。下に下ろした分を上からもらえず、ただただパソコンを目の前にして「ワタシハナニヲスレバイインデショウカ」状態が続いていてきつい。なんなら週はじめの午前中でやるべきことはほぼ終わってしまった。他の突発的に発生する業務は先輩がいつ振りかざしてくるかわからないので、それをぼーっと待っている。とてもじゃないけど「何か手伝いましょうか?」という雰囲気ではないのだ。いや、ないなら仕事を奪いにいけばいいのか。そうか、そうだよな、ないことをないと嘆いている場合じゃない、適切な量と質の業務をかっさらっていかなければいけないんじゃないかあ。あー、やっと少しワクワクしながら会社に行けるわ。なにもすることがなく、ただExcelのファイルを開いては閉じて開いては閉じてを繰り返している場合じゃなかったんです。なんて恵まれているんだ。まずはやるべきリストを紙に書き出して、緊急度の高いものから捌いていって、んで弾が切れてきたら先輩に仕事を貰おうそうしよう。

いつもいつまでもこれからも

小学生の頃はわくわくしかなかった。正確にはそりがあわない奴はいたし、そういう奴とのいざこざもあったはあったが、それを隠してしまえるほどのわくわくが毎日あった。ほぼ無条件にあるそのわくわくがどこから湧いてきているのか分からなかったし分かりたくもなかった。ただただそのわくわくを享受しているだけ、それだけで幸せだった。今思えば責任なんてなし、何かしでかしても大人が庇ってくれる、学校が終わったら友達と終わりのない遊びをひたすら続けるだけの生活、それこそが自由だったのだ。あの頃は幸せだった、今は......とは誰にも言わせない。今があるからあの頃があったし、あの頃のわくわくが今の私を生かしている。あの日感じた目に染みるほど強烈な幸福は今も心の奥でじんわりと持続していて、私を現実の辛さから守ってくれている、それが分かっているからこそあの頃のかけがえのなさを今もあったかい気持ちで思い出すことができるんだ。今はつまらない人生の一幕なんかじゃない、楽しめるように努力する場面なんだよ。たくさんの知識を詰め込んで詰め込んで、そして許容量を越えて頭が爆発してしまえばそれでいいのに。たくさんはもう求めないからさ。

相手のことを考えてみるということ

カウンセリングを受けてきました。先々週はどうにもならない現状に潰されそうで自分を守るためにあれやこれを試してなんとか正気を保てるような環境を整えることができて、そのときに薦められたカウンセリングに行ってきたんですけれども、精神的にも環境的にも落ち着いてきたので緊迫してこれをどうにかしたい!というものがなくてですね、まあ長年悩んでいる人との距離の取り方なるものと同期のずけずけに今悩んでいるんですよと相談してみました。優しそうな先生で、自分が苦しいと感じる状況を今一度想像してみて、どのように振る舞えばうまくいくと思いますか?と聞いてくれ、そうだなあこういってみたらどうだろう、でも相手は聞く耳を持たないだろうなと考えたりして、まあ相手がずけずけ来るならその正当性をジャッジしてみるのもいいんじゃないか、彼が説明している所に同席してどのように説明しているのかを見てみたらという意見をくださいました、そうだなあできれば彼とはあまり接していたくないけど、そうやって煙たがっていると彼にもその気持ちが伝染してお互いに煙たがるようになるのは好ましくないな、できれば相手の気持ちを考えてあげて、どのようにしてあげたらいいんだろうと想像して行動することが大切なんだろうな、でもそれって難しいことだよなと思いながら先生の話をうんうんそうなんですよと聞いてました。結局は物事の見方を変えることと相手との接し方を変えて、自分が過ごしやすい環境を整えていくことが大切なんだと実感しました。客観的にみたらたいした問題でもないんだから、気楽に考えていきまっしょー。

明日からまた仕事か

三連休が終わる。なにもできなかった。なにかしようとしたか。したいことがわからない。したいことが、ない。本を読もうと思ったが、お菓子を食べて布団の上でごろごろしていたら寝てた。そんな日を三日間も続けていたら、このままこんな日が続いていくなら続けていく意味なんてあるのかなと寂しくなった。夜の6時、明日が来るまであと少し、少しでも時間を遅らせて明日が来ないようにするけれども、どうしたとしても明日は来るから。満足のいく休日を過ごしてもりもりと働く、そのサイクルをうまく作れればいいんだけどどちらもうまくできないからこうやって無性に寂しくなるんだ。結局この三日間で何も成し遂げることができなかった。たくさん積んである本を読みきることもできなかったし、アニメを順調に消化することもできなかった。でも、それでいいのだ。オッケー、事態は順調に進んでいる。あまり深く考えることなく、うまくいっている、そう思って日々をうまくこなしていくことが大切なんだ。無闇に暗くなる必要はない、無駄に後悔しなくてもいい、すべてはうまくいっているんだ。

またまた寝てしまいました

いつもよりも少し遅くに起きてアニメをぼんやりと眺めていた。虚飾にまみれて世界を眺めているうちにのんびりとした眠気が来たので、抵抗することなく甘んじて引き受けた。はっ、として起きたのが夕方の5時。やってしまったーと思いながらこのまま家で引きこもっていたら後悔してしまう、こんな休日は嫌だと体に鞭打って外へ。行きつけのジムにいって、10キロほど走ってからマイペースで泳ぎ、サウナで無駄なものをこそげおとしてからさっぱりとした体で新宿に繰り出した。新宿に来ると毎回行ってしまう本屋に行って、ああこの人の本文庫化してるじゃん、明日ミュシャ展行きたいからこの本買っておきたいなとのそのそと本を物色しているのがたまらなく幸せな時間。こんな時間に興奮しながら、早く家に帰って買った本を読みたいと思うんですが、家で布団に寝転びながら読んでいると眠くて眠くてぜんぜん進まないんですよ。村上春樹の新作も発売初日に買ってその日に100ページほど読んだんですけど、それから一回も開いてないです。早く読み終えたいと思っているのに気付いたらたくさんの本を買ってしまっているんですよね。本を選んでいる時間がすごーく幸せなんですよ。明日こそ充実した一日を送りたいものですね😅

 

 

 

くだらない日々は続く

しゃらくせえことが多い世の中でキラリと光ったものがあったなら、そいつを掴まえるために全力で自分を出しきってみるのもいいだろう。いつまでも同じところでぶつぶつとくだんねえことばっかいってねえで、少しは動いたらどうなんだい?

 

つまらないよ、人生なんて。楽しませてもらおうだなんて虫がよすぎるよ。自分から何かを楽しもうって思わなくちゃ、何も変わらないし腐っていくだけだろ。自分から動かなくちゃ。

 

社会人になって、あっという間に一日一週間一ヶ月一年が過ぎることを知ってしまったから、じんわりと一日を感じて、その時その時で感じたことを精一杯楽しもうとすることが私にとってたいせつなことです。どんなに小さなことでもいいから、本を一頁でも進めるだけでいいから、前に進まなくちゃ不安で不安でしょうがない3月下旬の夜なのでした。綿矢りさの新作を今から一気読みするぞ✨

言いたいことだけが言える世界じゃないからせめて文章を書くときには自分の思ったことを自由に何でも書き付けたい

心のなかにたまっているたくさんの言葉は外に出ることなく時が来たら消えてなくなってしまう。口下手で無口な私は言葉たちをなんとか外の世界に出してあげようと必死に文章を書いていた。書いていく。書いているときには書く前には思いもつかなかったことも書けるときがあり、そういうときはこの手が思考をしているのかと想像したりする。いつも愉快に生きていたいけれど、なかなかそうはいかないよね、そういうときは心のなかにあるたくさんの言葉たちを全力で出しきって新しい空気がいっぱい入るように心がけている。ようやく新しい環境に順応しつつありほっとしている。いつまでもこんな平凡な日々が続いていけばいい。そんなことを思える幸せ。今度カウンセリングに行って自分の足らないところをたくさん言うつもりだったのに、不満が少なくなってきちゃったから何を言えばいいのだろう。敵のあのこも最近はそこまで激しくなくなってきたし、上司は私の状況を慮ってか前以上に積極的に声をかけてくれるようになったし、今一番いやだなあと思っているのは仕事がなかなか覚えられない、覚えられないというかうまく仕事のやり方を聞き出すことができないこと。それは自分で考えて見つけ出していくものなのか。それにしても寒いんだか暑いんだかよく分からない天気がまだまだ続きますな。明日からの三連休が永遠に続きますように🍀

「ラ・ラ・ランド」がそこまでラ・ラ・ランドしてなかった

久しぶりに映画館で映画を見た。「ラ・ラ・ランド」話題ということで、ミュージカルなら映画館で観なくちゃということで、新宿のTOHOシネマへ。うーん、はまりませんでした。ミュージカル要素と主演女優の演技を抜いたら何も残らないような、ありきたりな恋愛映画といいますか。最後の「一体これはなんなん?」という所まで楽しめればいいんでしょうけど、私にはだめでした。もっと齢を重ねて観たら感じるものは変わるんでしょうか。年老いた頃にはこの映画の存在を忘れているだろうな。それよりも、この辛い時期に観た映画ということで覚えているかもな。辛い時期に観た映画で「ヘイトフル・エイト」を思い出しました。ちょうど一年前の、タランティーノにはまっていた時期に仕事の終わりに観に行って暗い気分で家路に着いたんだっけ。

 

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック

 

 

いつも寝てしまう

新幹線に乗る際は3冊の本を鞄に忍び込ませて2時間ほどの小旅行に臨む。お茶とお菓子を所定の位置にセッティングして、さて本を読もうという段になって「そういえば調べなくちゃいけないことがあったな」と思いスマホをいじいじする。10分ほどして、さて本を読もうと思い立つも社内は少し暑いぐらいの気温に設定されているせいか、着込んできた体には少々窮屈な環境なので上着を脱いでほどよい気温を見つける努力をする。そして「よし、本を読もう」という段になって、昨日の寝不足がようやく今ごろ挨拶をしてきて、うつらうつらとする頭。なんとか、本を、読むんだと文章を読むのだが内容がさっぱり頭に入ってこないので何回も同じページを手繰っている段になって、「少し休憩してから読もう」という気持ちになって目を瞑り少しだけ少しだけzzzzzz。気付いたら降車駅まであと10分もないではないか。せっかく本を3冊も用意してきたのに、これでは水の泡ではないか。ということを新幹線に乗るたびに繰り返してきて、未だに本を車内で読みきったことがないのでした。只今戻りました。